空豆中毒

空豆を食べられなかった数学者 ピタゴラス (B.C. 582〜496年頃)
早川智先生 日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授
http://apital.asahi.com/article/history/2014111300017.html



日本人にはほとんど見られないが、
地中海地方には空豆で中毒を起こす人々が存在する
空豆に含まれる糖アルカロイドvicineやisouramil、covicineが
腸内細菌のβ-グルコシダーゼの作用で加水分解して生じた代謝産物が、
赤血球の細胞膜を壊して溶血性貧血と黄疸を起こすためである。
X染色体上にある糖代謝酵素グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ(G6PD)遺伝子で
発症に関わるいくつかの変異が知られている。
X染色体上の変異であることから、血友病同様に伴性遺伝であり、男性にのみ発症する。

古代ギリシャの数学者ピタゴラス(Pythagoras)は、
弟子たちに空豆の食用を禁じているが、
その背景には空豆中毒の遺伝子を持った人々が多かったからではないかと考えられている。
なぜ、生存に不利なはずの変異が残っているかというと、
マラリアなどの感染症に対する抵抗性とのトレード・オフになっているらしい。

現在でもイタリア南部のカラブリアでは
村ごとのG6PDの変異型遺伝子頻度がマラリア発症者数と一致する。
さらに南アジアからアフリカにかけての様々な地域で
G6PDの変異は異なった遺伝子座で繰り返し生じており、
いかにマラリアが大きな脅威だったかが推定できる。

近年、変異型G6PDの分子構造から、
多くの変異は酵素活性の安定性を損なうために生じること、
酵素活性を維持するのに必須のNADPとの結合部位に生ずる変異が
最も重症化することが分かってきた。
ここ数世紀、日本や中国、朝鮮半島などでは
マラリアの流行はほとんどないのでG6PD変異を持つ人に遺伝的利益はなく、
空豆が主要な食材として残ったのだろう。