長引く咳に対しての漢方薬の有用性

長引く咳に対しての漢方薬の有用性
玉置 淳 先生(東京女子医科大学医学部第一内科学講座 主任教授)
http://www.kampo-s.jp/magazine2/217/index.htm


 
わが国において咳は、病院を受診する症状として頻度が高く、
検査を行う理由としても2番目に高い頻度を示す。


咳はその持続期間によって
急性咳漱(3週間以内)
遷延性咳嗽(3〜8週間)
慢性咳漱(8週間以上)に分類することができる。


急性咳嗽は感染症が原因である頻度が高いが、
遷延性・慢性の長引く咳は感染症以外の原因である場合が多い。


遷延性咳嗽の原因としては、
感染後の咳(後鼻漏、気道炎症)、
亜急性細菌性副鼻腔炎
百日咳、喘息などがあり、


慢性咳漱の原因としては、
喘息(咳喘息を含む)、
後鼻漏、副鼻腔気管支症候群、
さらに間質性肺炎
慢性閉塞性肺疾患COPD)、
肺癌、胃食道逆流症(GERD)、
ACE阻害薬の副作用などがあげられる。


新実らの調査では、遷延性・慢性咳漱の原因疾患は、
咳喘息42%、
喘息28%、
アトピー咳漱7%などと、
アレルギー性気道炎症が大半を占めることが明らかとなっている。


また、われわれが、東京都のプライマリ・ケア医2,619名を対象に実施した、
長引く咳に関するアンケート調査では、
咳の治療に困ったことがあるとする医師が78%にのぼる。


同時に実施した長引く咳の薬物治療の調査では、
抗ロイコトリエン薬37%、
吸入ステロイド薬(ICS)/長時間作動型β2刺激薬(LABA)31%、
鎮咳薬39%など、
カニズムが明らかな薬剤による特異的治療が主であり、
漢方薬による治療は5%(処方患者の割合)であった。


しかし、現在では
一部の漢方薬(麦門冬湯、柴朴湯、清肺湯、六君子湯など)において、
抗炎症作用や鎮咳作用のメカニズムが明らかとなり、
咳の病態による選択で高い有用性が認められている。


例えば麦門冬湯は、
構成生薬である麦門冬中のオフィオポゴニンがタキキニン受容体に拮抗し、
サブスタンスP(SP)、ニューロキニンA(NKA)の作用(咳、気道炎症)を抑制する。
また、甘草中のリクイリチンアピオサイド、リクイリチゲニンは鎮咳作用を有し、
咳喘息、アトピー咳漱に有効である。


麦門冬湯は気道粘膜の炎症と、炎症によって生じるiNOSの誘導と
NO産生を阻害することで、NO/アナンダミドトランスポーター/TRPV1受容体経路とともに、
NOによるTRPV1あるいはTRPA1の直接的刺激によるC線維を介した
咳感受性の亢進を抑制することにより、鎮咳作用を示すことが明らかにされている。


麦門冬湯に期待されるそのほかの臨床効果として、
気道平滑筋のβ2受容体発現の亢進による気管支拡張作用、好中球・好酸球など
炎症細胞からの活性酸素遊離の抑制による抗炎症作用、
粘液分泌細胞におけるムチン遺伝子発現抑制による粘液分泌抑制作用、
肺胞II型細胞や線毛上皮細胞における細胞内Ca2+やcAMPの各濃度の上昇による
サーファクタント分泌や線毛運動亢進などの作用が明らかとなっている。
自験例では1日中咳がひどく日常生活に支障があり、
夜間も咳で覚醒してしまう強い咳喘息症例に対し、
デキストロメトルファン、カルボシステイン、ブデソニド、ツロブテロール貼付剤では
コントロールが不十分であったが、ブデソニド+麦門冬湯の併用により、
2週間程度で咳は1日3〜4回と急速に減少した症例を経験している。
そのほか、麦門冬湯は、喘息患者やかぜ症候群後の遷延性咳嗽、
COPD患者の咳漱に対する効果など多数の報告例がみられる。


柴朴湯では、
柴胡中のサイコサポニンによるヒト好中球からの血小板活性化因子(PAF)産生抑制、
ラットマスト細胞からのヒスタミン遊離抑制、
ラットCRF遺伝子発現増強によるACTH分泌亢進の各作用が認められている。
大棗は、ラット脾T細胞からのIL-2産生抑制、cAMP様作用によるβ2刺激薬効果の増強、
気道上皮細胞の線毛運動亢進、気道クリアランス亢進の各作用が認められている。
黄芩中のバイカレイン、厚朴中のマグノロールによる、ヒト白血球からのPAF、
ロイコトリエン(LT)産生抑制、ヒト線維芽細胞からのエオタキシン産生抑制作用が、
甘草中のリクイリチゲニンによるヒト白血球からのPAF、LT産生抑制、
11β-hydroxysteroid dehydrogenase活性抑制による
ステロイド代謝の抑制作用などが明らかとなっている。


清肺湯には、去痰作用によって気道クリアランスを改善し、
痰喀出のための咳の減少効果が認められている。
清肺湯は、気道液分泌亢進、粘液溶解作用(喀痰の粘度低下)、喀痰構造の断片化、
気道粘膜における抗炎症作用、肺サーファクタント分泌亢進、
粘液線毛輸送能の亢進作用によって、湿性咳漱抑制作用を示すとされている。
臨床効果として、COPDの咳漱抑制効果が認められている。


六君子湯は機能性ディスペプシア(FD)に効果を示す漢方薬として知られており、
GERD患者におけるPPI抵抗性症状(咽喉頭異常感、慢性咳漱、咳払い、嗄声、胸やけ)
などの改善効果が報告されている。


遷延性・慢性の長引く咳に対する漢方治療では、
咳を乾性と湿性に大きく分けた漢方薬の選択が重要である。
気管支拡張薬(β2刺激薬、抗コリン薬、テオフィリン)、ICS、H1受容体拮抗薬、
抗菌薬(マクロライド系)などの西洋薬との適切な併用による咳漱や
喀痰症状の改善、QOL向上が可能と考えられる(図)。


長引く咳・漢方