食欲不振と胃炎、便秘と下痢

消化器疾患 ─食欲不振と胃炎、便秘と下痢─
加藤士郎先生 筑波大学附属病院臨床教授,医療法人社団友志会野木病院副院長

https://www.kampo-s.jp/web_magazine/back_number/323/iccs-323.htm

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高齢者の食欲不振や胃炎に対して最も使用頻度が高いのは六君子湯である。六君子湯は比較的体力が低下した虚証傾向の症例で、全身倦怠感、手足の冷えなどを伴いながら食欲不振や心窩部に膨満感などを伴うときに使用することが多い。FDの症例で食後のもたれ感や早期膨満感が起こる症例に有効である。

次に多いのが補中益気湯である。補中益気湯は、種々のイベントによって全身倦怠感、抑うつ気分があり、これに食欲低下が加わった場合に適用となる。六君子湯補中益気湯は体力が低下している高齢者に用いるが、体力が中等度で食後に心窩部に不快感、腹部膨満感などの消化不良症状を呈しているときには、平胃散が適用となる。平胃散も一部FD症例にも有効なことがある。

心窩部に胃痛があったり、嘔気や胸やけを感じるとともに、食欲不振を示すときには、安中散か柴胡桂枝湯が適用となる。体力が低下していて、心窩部に冷えを伴う、あるいは冷えると心窩部に胃痛を感じる症例には安中散が適用となる。体力が中等度であり、腹筋も比較的緊張感のある症例で胃痛を来したときには柴胡桂枝湯が適用となる。安中散や柴胡桂枝湯は、FD症例で食後に心窩部に痛みを来す症例に用いられることがしばしばある。体力が中等度で、心窩部に痞える感じがあり、嘔気もあり、下痢気味のときには、半夏瀉心湯が適用となる。

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機能性便秘のうち最も頻度が高いのは弛緩性便秘である。便秘の治療は、原因となり得る薬剤の中止、身体活動の向上、食物繊維を十分に含んだ食事に変更するなどの一般的な治療を行うとともに、薬物治療を行うこととなる。
 弛緩性便秘に用いる漢方薬としては、大黄甘草湯、麻子仁丸、潤腸湯、調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)などである。大黄甘草湯は便秘の基本処方である。大黄は瀉下通便の動きが強く、甘草は鎮痙作用があり、大黄による大腸の痙攣を緩和し、強い瀉下作用を緩める。一方、腸管内の水分を保持して大黄の瀉下作用の効果を高める。
 麻子仁丸や潤腸湯も弛緩性便秘に用いられるが、大黄甘草湯よりはやや体力が低下して、腹壁はやや軟かく、特に潤腸湯は皮膚などに乾燥が目立ち、腹診で便塊を触れたり、便がいわゆる“ウサギの糞”のようにコロコロしているときに適用となる。調胃承気湯は、大黄甘草湯よりはもう少し体力のある症例に用い、腹壁の緊張が良好で、腹にガスが溜まるときに用いる。
 体力が中等度からやや虚証に傾き、腹壁に冷え症の所見があり、いわゆる裏寒証が考えられるときには以下の処方となる。裏寒証のある症例では、痙攣性便秘や便秘と下痢が交互に起こってくるときに適用となる。適用となる漢方薬は、桂枝加芍薬湯、桂枝加芍薬大黄湯、大建中湯などである。
 桂枝加芍薬湯は、裏寒証の便秘の症例に用いる代表的な漢方薬ではあるが、IBSなど便秘や下痢を繰り返す症例にも多く用いられる。
 桂枝加芍薬大黄湯は、体力は中等度よりやや低下していて、腹力はやや軟、腹直筋の緊張がやや強くて便秘をしている症例に用いることが多い。時々、腹満や腹痛があり、西洋薬で腹痛や下痢を来すときに用いる。
 大建中湯は、もう少し体力が低下していて、腹壁が軟かく、腹部膨満と冷えがあり、腹部で腸の蠕動亢進があるときに用いられる。

 

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下痢は急性のものと慢性のものに大きく分かれる。急性下痢は2週間以内に改善するが、4週間以上の慢性下痢はIBSが原因となることが多く、桂枝加芍薬湯、大建中湯、小建中湯、真武湯、人参湯などのいわゆるお腹を温める漢方薬が大変効果を発揮する。この理由は、これら慢性下痢の症例は、必ず裏寒証となっているからである。
 高齢者の下痢に最も多く処方されている漢方薬は真武湯である。ことにノロウイルスなどの腹部を著しく冷やす下痢には大変有効である。小児の下痢・嘔吐には五苓散が多い。次に多いのは、裏寒証の便秘にも多く用いられている桂枝加芍薬湯と大建中湯である。先に記載したように、桂枝加芍薬湯は、腹部に冷えと膨満感があり、テネスムスと腹痛があるときに用いると有効である。大建中湯も、腹部の冷えとともに、腸の蠕動が不穏であり、時々、臍を中心に臍痛を来す症例に用いると有効なことが多い。時には、桂枝加芍薬湯と大建中湯を併用したり、真武湯と人参湯を併用したりすると、裏寒証の下痢症例には有効なこともある。人参湯は、やはり体力が低下し、新陳代謝が低下して冷えることによって下痢をするIBSのような病態に用いることが多い。腹部所見として、腹部が軟かいが心窩部に圧痛があり、振水音を触れるときが適応の所見になる。半夏瀉心湯は、体力がほぼ中等度で、嘔気があり、下痢気味のときに用いる。腹部所見としては、心窩部に痞えがあり、腹鳴がある下痢のときに用いる。腹部の緊張が比較的良好なときに適応がある。啓脾湯(ケイヒトウ)は、やせ気味で、顔色が悪く、食欲がなく下痢を起こしているときに用いる。舌が白く、腹部所見として、腹壁の緊張が弱く、振水音が認められるときが適用となる。