こむら返り

高齢者のこむら返り
あきば伝統医学クリニック院長 秋葉 哲生先生
http://www.tsumura.co.jp/password/magazine/172/bestchoice.htm



下腿の腓腹筋痙攣はこむら返りとも呼ばれ,夜間に好発する.
高齢者に多い理由ははっきりしないが,高齢者には腰椎変形などによる
坐骨神経の物理的圧迫が潜在的に多いことや,筋力が低下しているために
日常生活で腓腹筋に過度の負担がかかりやすいことなどが考えられている.


痙攣が起こるのは突然であり,夜間就床臥床中であるので
対処に窮して大変に困ったと受診時に訴えることが通常である.
もし手足に運動障害などがない場合には,患側の足の第一指を
対側のかかとなどを用いて他動的に強く背屈させると即座に緩解する.
しかし手足が不自由な高齢者ではこれを実行するのは
難しいのでどうしても薬物療法が必要となる.


芍薬甘草湯は安価で確実な効果が知られたため
内科に限らずほとんどすべての診療科で用いられるに至っている.
しかし本方は通常量以上の甘草が配剤されており
副作用として偽アルドステロン症を発症しやすいため
長期間用いる場合には工夫が必要となる.
また様々な理由で本方が用いられない場合や無効な場合などは
ほかの方剤を選択しなければならない.

芍薬甘草湯

本方には1日量として5〜6gの甘草を含むことを忘れてはならない.
慢性的な疾患に用いる場合には,甘草は通常1日5g未満の投与が推奨されるので
満量を用いないのがコツである.
幸いに通常のこむら返りには眠前に1日量の1/3の投与で十分に発作を予防することができる.
既に漢方薬を用いている場合には投与中の甘草量の合計を5g以内に抑える必要がある.
透析患者で激しい筋肉痙攣を来すことがあるが
この場合には芍薬甘草湯の投与量を次第に増量し
通常の上限まで用いて抑制可能な場合がある.
透析中であるのでカリウム低下などの偽アルドステロン症の問題はあまり心配しないでよい.

桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)

桂枝加朮附湯は基本が桂枝湯であるので,芍薬と甘草をともに含有している.
手足が冷えて胃腸が弱く,色白のむくみやすい傾向のある患者のこむら返りで
日ごろから腰痛や坐骨神経症状に悩む場合に適している.

柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)

かつて抗てんかん薬が今ほど多様でなく
発作の管理に難渋する例が少なくなかった頃に
柴胡桂枝湯は抗痙攣作用を有するとされ広く用いられた.
筆者も頻発する熱性痙攣の小児に対し,上気道炎罹患頻度の減少と
発熱時の痙攣発作の予防に本方を度々処方した経験がある.
こむら返りも一種の痙攣発作とみなすことができるので,本方を適用することが可能である. 
本方は元々,小柴胡湯よりは虚しているが
平均的な体力や胃腸機能の持ち主であれば問題なく適用可能である.
風邪の予防薬としても用いられるので高齢者にはどちらかというと適した漢方薬である.

牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)

東洋医学では人体を三部に分けて考えることがあり,
から下のできごとは五臓の腎の担当領域とされている.
こむら返りの起こる“ふくらはぎ”はまさに腎の領域に当たる.
ちなみに,臍と横隔膜の間は消化器で脾胃の領域であり
横隔膜から上部は心と肺の担当である. 
牛車腎気丸はその名の通り,腎気を保つ作用を有するので
腎気が衰えた高齢者に起こるこむら返りを治療する力が期待される.
牛膝と車前子は薬物の作用点を人体下部に移して
八味地黄丸よりも下肢に対する力が強化されている.

疎経活血湯(そけいかっけつとう)

疎経活血湯は四物湯を基礎として組み立てた方剤で
血虚が基礎にある高齢者の関節痛や神経痛,筋肉痛に用いられる.
皮膚の乾燥や口内乾燥感を伴うこむら返りには有効であると考えられる.

症例提示

症例:83歳の女性.
主訴:夜間のこむら返り.
既往歴:10年前から高血圧で治療中.
現症:数日前に庭の草むしりに精出したところ
夜間就床中に左のこむら返りが起こるようになった.


Rp:ツムラ芍薬甘草湯 2.5 g分一眠前.


経過:こむら返りは芍薬甘草湯でピタリと止んだ.
2,3日に1度服用するだけでその後は発作がみられなくなった.