「日常診療に漢方を使う」 より一部改変
浅羽宏一先生 (高知大学医学部)
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/asaba/200909/512314.html
ちょっとした不眠には漢方が良いように思います。
私自身も出張先で眠れない時などには、抑肝散を愛用しています。
【症例1】 抑肝散
22歳のやせた男性(大学生)が不眠を訴えて来院しました。
3週間前までは特に不眠はありませんでしたが
実習のために朝早くから学校へ行かなければならなくなり
生活のリズムが変わってから不眠が始まりました。
どうやら神経過敏なため、絶対に遅刻できないと思うあまり
興奮して眠れなくなってしまったようです。
便秘・食欲不振なし、身体診察上、西洋医学的な問題もありません。
漢方的には、腹部で腹直筋の緊張があること以外、異常所見はみられませんでした。
これは漢方的考察上、神経過敏で眠れない状態で抑肝散が適応と思われます。
本症例では、抑肝散1パックを寝る前に服用するように処方しました。
「抑肝」は肝(神経過敏)を抑えるという意味で、もともと赤ちゃんの夜鳴きの薬でした。
2週間後の再診時には不眠は解消されていて、毎晩服用しなくてもよい状態になっていました。
【症例2】 甘麦大棗湯 (かんばく たいそうとう)
25歳の女性が2週間前からの不眠を訴えて来院しました。
中肉中背で見かけは健康そうですが、表情がやや暗い感じです。
来年行われる資格試験の合否が気になり不安だといいます。
便秘や冷え症、生理不順はなく、健康上の問題は認められませんでした。
身体診察上は西洋医学的にも漢方的にも異常を認めませんでした。
本症例では、不安による不眠のため
甘麦大棗湯3パックを毎食前に分3で処方しました。
2週間後の再診時には、
不安がおさまり眠れるようになったとのことだったので終診としました。
甘麦大棗湯も、もともとは赤ちゃんの「疳の虫」に用いた薬で
麦芽と大棗が入っているので甘くて飲みやすいお薬です。
抑肝散や甘麦大棗湯は、どちらかといえば体力が低下している人に使います。
体力が低下している人は、何らかの精神的ストレス刺激に対して
気持ちが落ち着かなくなる(→抑肝散)、不安になる(→甘麦大棗湯)といった
穏やかな反応を示します。
それに対して体力のある人は、イライラして爆発するといった激しい反応を示します。
漢方のものさしでは、一般的に
体力のある人(実)は、病因に対して激しい反応(陽)を示し
体力の無い人(虚)は、病因に対して穏やかな反応(陰)を示すと考えられています。
例えば、若者の肺炎は高熱が出るが(実、陽)
寝たきりの高齢者の肺炎は微熱で分かりにくい(虚、陰)といった具合いです。
それでは最後に、体力のある人の不眠のケースを紹介します。
【症例3】 柴胡加竜骨牡蠣湯 (さいし か りゅうこつ ぼれいとう)
27歳男性が不眠を主訴に来院しました。
以前は会社勤めをしていましたが、2回目の大学生活を送っています。
体格が良く、とても真面目で警察官のような話し方をするタイプです。
実習、レポート、試験、クラブ活動、アルバイトと忙しい生活をしています。
しかし、2カ月前から試験と試験の間隔が短くなり、試験範囲も増えてきました。
今後は進級判定を厳しくすると発表があり、もっとしっかりやらなければならない
と思うものの、放課後に多くの活動をしているため時間が取れず
時間に追われる感じがして落ち着かなくなっていました。
受診1週間前からはイライラして、何かを思い切り投げ飛ばしたい
といった気持ちになり、眠れなくなり当科を受診しました。
イライラと不眠以外は、便通などを含めて健康上の問題点はありませんでした。
身体診察上、西洋医学的には問題なく、漢方的には脈が力強く触れ、少し速め(84/min 整)
腹部は、右季肋下に抵抗と圧通(胸脇苦満)と大動脈の拍動を強く触知しました。
症状と腹部診察の所見から柴胡加竜骨牡蠣湯3パックを毎食前に分3で2週間分処方しました。
再診時には不眠やイライラした気持ちは消失していましたので終診としました。