薬の成分、植物内で生産
ワクチン用で実用化狙う
遺伝子組み換え技術を使って
様々な医薬品を植物の中で作る「植物創薬」の時代が幕を開けた。
この創薬技術は生産コストを大幅に減らせることに加え、
新型の感染症の流行時に素早くワクチンを供給できるなどの利点もある。
動物用の治療薬がこのほど商品化され、人間向けでも開発が進んでいる。
札幌ドームの近くにある産業技術総合研究所北海道センター(札幌市)。
その敷地に、完全に密閉された環境で遺伝子組み換え作物を栽培する工場がある。
防じん服に着替えて工場内に入り、窓越しに栽培室をのぞくと、
鮮やかな緑色の苗が目に飛び込んできた。これはイチゴで、
農薬メーカーのホクサン(北海道北広島市)が栽培している。
夏には赤く実る予定だが、食用ではない。
「インターフェロンが実の中で大量に作られる」と、
ホクサンの田林紀子動物薬課長は説明する。
イチゴの実は収穫されると、別の部屋ですりつぶされて凍結乾燥される。その後、
医薬品製造に求められるGMPと呼ぶ国際的な基準を満たす工場で最終製品となる。
同社は3月、イヌの歯肉炎を軽減する薬として発売した。
遺伝子組み換え植物を原料とする医薬品は世界初という。
工場は遺伝子の拡散を防ぐため、
周囲よりも気圧を低くして空気が外に流れないようにしている。
排気はフィルターでろ過し、排水も滅菌処理する。
遺伝子組み換え作物を栽培する場合、
カルタヘナ法にもとづいて厳重管理しなければならない。
この工場は同法(第2種産業利用)に適合した国内初の施設として
2007年に国の認定を受けた。
遺伝子組み換え技術を使って医薬品を作る場合、
今は大腸菌や動物の細胞を使うのが一般的だ。
大量に培養し、医薬品となるたんぱく質などを抽出・精製する。
ただ、細胞や細菌の培養や有効成分の抽出、精製に手間がかかって費用がかさむ。
食べられる植物なら、すりつぶすだけで有効成分も一緒に取り出せる。
建設に数億円かかるが、季節や天候などに左右されず、一年中栽培できる。
「医薬品のような高付加価値製品を作ると、生産コストの削減につながる」
と、産総研の松村健・植物分子工学研究グループ長は強調する。
産総研の工場の隣には、別の植物工場がある。
北海道科学技術総合振興センターが12年に設立したグリーンケミカル研究所だ。
興産や北興化学工業など5社が入居し、
医薬品などを作る遺伝子組み換え作物の開発に取り組んでいる。
5つある栽培室の1つで、ダイズが青々と生い茂っている。
室内はセ氏23度前後に保たれており、1年に3〜4回収穫できる。
「アルツハイマー病に効果が見込める物質が含まれている」。
北興化学の寺川輝彦研究部長はダイズの実を見せながら説明する。
アルツハイマー病の予防に役立つワクチンとなる成分で、
実1グラムにつき3ミリグラム含まれるという。
弘前大学の研究チームがアルツハイマー病を発症するように
遺伝子を操作したマウスに、このワクチン成分を与えたところ、
発症を遅らせる効果があるとわかった。
原因物質とされるβアミロイドと呼ぶたんぱく質が脳に蓄積する量も減っていた。
動物実験をさらに進め、数年後に人間で臨床試験(治験)を始めたい考えだ。
ダイズを粉末にしてカプセルに詰め、飲んでもらうことを想定している。
創薬を目指す動きは世界で活発になっている。
遺伝子組み換え作物を栽培する完全密閉型の植物工場は、
ドイツのフラウンホーファー研究機構や
米バイオベンチャーのケンタッキー・バイオプロセシング(ケンタッキー州)など、
少なくとも世界に8カ所ある。
田辺三菱製薬は13年に子会社化したカナダのベンチャー企業で、
インフルエンザワクチンの成分を作る遺伝子組み換えタバコを生産する。
今のように鶏卵を使うと6カ月かかるワクチン製造を1カ月に短縮できるという。
5年後の実用化を目指している。
遺伝子を組み換えた微生物を使って製造する医薬品が増えつつある。
今後はコストや生産調整のしやすさから、
遺伝子組み換え植物を使う医薬品製造が広がるとみられる。