認知症に関連した陰性のBPSD症状
筑波大学附属病院臨床教授 加藤士郎先生
http://www.kampo-s.jp/magazine2/211/team.htm
陰性のBPSD症状の特徴
BPSD症状には陽性、すなわち徘徊や幻覚などの興奮性の症状と、
意欲低下、うつや不安による感情障害などの抑制性の症状をきたす陰性BPSD症状がある。
陽性BPSD症状は、介護に対する抵抗性が著しく増すため、
また家庭でも介護施設でも周囲に対する影響が大きいため早期から探知されることが多い。
また治療に関しても積極的に行われる。
しかしながら、陰性BPSD症状は、
症例の訴えが著しく低下するため早期発見が難しいケースが多い。
確かに周囲に対する影響は少ないが、発見されないと意欲低下からADLが著しく低下し、
認知症が更に進行したり、食欲低下から脱水や低栄養状態になり、
肺炎や尿路感染症をきたし、重篤な状態になることもある。
西洋医学的治療では、
アセチルコリンエステラーゼ阻害剤(AChE阻害剤)に多少有効性があるが、
漢方薬が最も適応されるところである。
陰性のBPSD症状に使用したいファーストラインとセカンドライン
陰性のBPSD症状に使用したいファーストラインは、
補中益気湯、六君子湯、半夏厚朴湯である。
最も使用頻度が高いのは補中益気湯である。
補中益気湯は、陰性のBPSD症状によく見られる全身倦怠感、
抑うつ気分、食欲低下があるときによく使用する。
次に多いのが六君子湯であり、比較的体力の低下した高齢者で、全身倦怠感、
手足の冷えなどをともないながら食欲不振や心下部に不快感のあるときに使用する。
次が半夏厚朴湯であり、
脳血管障害の後にうつ症状に陥ったときに使用すると有効である。
セカンドラインとして使用頻度が多いのは、
当帰芍薬散であり、次に香蘇散や十全大補湯である。
当帰芍薬散は、
補中益気湯や六君子湯が気力低下による脱力症状であるのに対して、
冷え症があり、やや浮腫傾向があり、
気力が低下しているようなBPSD症状に使用すると有効である。
香蘇散は、かぜ症候群の後などに陰性のBPSD症状となり、
気うつ、頭痛、めまい、食欲不振のあるときに使用すると有効である。
十全大補湯は、全身倦怠感や食欲不振とともに、
皮膚が乾燥して貧血傾向にあるときに用いると有効である。
ファーストライン3処方
補中益気湯は、
黄耆、蒼朮、人参、当帰、柴胡、大棗、陳皮、甘草、升麻、生姜の生薬から構成され、
人参と黄耆が陰性のBPSD症状である気力低下による食欲不振、虚弱、自汗を回復させる。
生姜、大棗、蒼朮、甘草により胃腸の機能を改善させ、
陳皮、升麻、柴胡によって低下した気分を改善して安定化させる。
さらに、当帰によって皮膚の微小循環を改善する。
以上によって陰性の症状である気力低下によって起こった食欲不振を改善する。
ただ当帰の長期投与により胃腸障害をきたすことがある。
六君子湯は、
蒼朮、人参、半夏、茯苓、大棗、陳皮、甘草、生姜から構成されており、
人参によって低下した気力を回復させることで食欲不振を改善する。
蒼朮、茯苓、甘草によって、胃炎によって起こった粘膜の浮腫や炎症を改善し、
陳皮と半夏によって嘔気なども改善し、食欲を増強する。
特に最近では陳皮フラボノイドに脳内のグレリンを介する食欲増強作用があることを、
さらに抗うつ効果もあることが判明している。
この機序によって陰性のBPSD症状である食欲不振を改善する。
西洋医学的には認知症による食欲不振には、
認知症治療薬などのAChE阻害剤が有効なときもあるが、
補中益気湯や六君子湯の方が有効性が得られることが多い。
半夏厚朴湯は、
半夏、茯苓、厚朴、蘇葉、生姜から構成されている。
気がふさいで、咽喉や食道部に違和感があり、
動悸、眩暈、嘔気などをともなう陰性のBPSD症状には有効である。
半夏と厚朴で気の詰まりを改善し、蘇葉によって気の流れをさらに良くする。
茯苓と生姜は、安神作用とともに余分な水分を取り除き、胃の働きを改善する。
これによって気のうっ滞がつよく、動悸や眩暈のある症例には有効である。
セカンドライン3処方
当帰芍薬散は、
芍薬、蒼朮、沢瀉、茯苓、川芎、当帰から構成されており、
当帰で血管拡張、血行促進、補血などを行い、
芍薬と川芎で疼痛を改善するとともに血行をさらに促進する。
さらに余分な水分を沢瀉、茯苓、蒼朮で改善する効果がある。
よって貧血傾向と浮腫があり、
冷え症気味の気力と体力が低下した症例の陰性BPSD症状には有効である。
なお当帰芍薬散は、冷え症による行動力低下のみならず、
一部症例では中枢症状である認知機能を改善することもある。
通常成人では、当然女性に投与することが多いが、
高齢者の場合には性差の別なく有効性が得られることが多い。
香蘇散は
香附子、蘇葉、陳皮、甘草、生姜から構成されており、
蘇葉と香附子による抗うつ作用、
陳皮、甘草、生姜による抗うつ作用と健胃作用がともにあり、
気うつがよくみられる陰性のBPSD症状に有効なことが多い。
特に高齢者ではかぜ症候群の後にうつ傾向となり
行動力が著しく低下することが多いので、この様な時には有効である。
十全大補湯は、
黄耆、桂皮、地黄、芍薬、川芎、蒼朮、当帰、人参、茯苓、甘草から構成されており、
四君子湯と四物湯に黄耆と桂皮を加えたものであり、
四君子湯と四物湯で気力とともに血行を回復し、
黄耆と桂皮によって気力と血行の改善をさらに増強する処方である。
よって、食欲が低下し血行不全を呈している陰性BPSD症状の改善には有効である。