貧乏はお金持ち 橘玲

「雇われない生き方」で格差社会を逆転する 



かつてこの国では、サラリーマンは「社畜」と呼ばれていた。
自由を奪われ、主体性を失い、会社に人生を捧げた家畜すなわち奴隷の意味で
彼らの滅私奉公ぶりや退屈な日常を嘲り、見下すのがカッコいいとされていた。


タイムカードを押すために満員電車に揺られる毎日は自由からはほど遠いし
かといって会社を離れ、自分や家族が生きていくだけの資力を得る方途もない。


ところがいまやリベラル派のひとたちが、「非正規社員を正社員にせよ」と大合唱している。
正社員とはサラリーマンであり、すなわち社畜のことだろう。
驚くべきことにこの国では、いつのまにか社畜=奴隷こそが理想の人生になってしまったのだ。


昭和四十年代のアニメ『妖怪人間ベム』では
異形の妖怪として生まれた主人公たちが
「早く人間になりたい」と叫んでいた。

メディアや知識人が若者たちを洗脳した結果、いまでは誰もが
「いつか正社員になりたい」と口を揃えるようになった。
まるで正社員になりさえすれば、恋人や家庭や安楽な老後など、すべての夢が叶うかのように。


近頃は、誰も彼もが「この国には希望がない」と慨嘆する。
だけど考えてみてほしい。
人生の目標が社畜になることなら、希望なんてあるわけない。





強いストレスを加えられると多量のストレスホルモンが脳に流れ込み
抑うつ状態や肥満などが引き起こされる。
だが最新の大脳生理学の知見によれば、ストレスが加えられることと
自分の意志で中断できることを伝えておけば、血中のストレスホルモンはほとんど増えないという。
予測と回避ができれば、どのような過酷な環境でもひとは生きていけるのだ。


これは逆にいえば
出口のない状況に置かれたとき、ひとは耐え難いストレスにさらされる、ということだ。
ささいな出来事で精神が崩壊するのは
どれほどあがいてもそこから抜け出す方途が見つけられないからだ。



あまりにも強く会社に依存し、それ以外のオプションを持っていないと
倒産やリストラでたちまち経済的にも精神的にも追い詰められてしまう。
日本人の自殺率が先進国の中で際立って高いのは、会社以外に寄る辺のないことの裏返しだろう。


貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する

貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する