三叉神経痛

刃物で刺されるよう…最大級の痛み「三叉神経痛」 
中高年女性に多く、歯痛と間違え抜歯する人も

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20200127-OYTET50057/


S江さん(58歳)は、
「半年前から顔を洗うときや、歯磨き、化粧をするとき、顔の右半分が痛いんです、
最近では会話や食事さえできなくて……」と私の外来を受診された。
正確には顔の右半分ではなくて、右のほっぺたの痛みであり、
私が「どれどれ」とほっぺを触ろうとすると、手を払い除けた。「典型的 三叉(さんさ) 神経痛」である。

その痛みたるや、1756年にフランスの内科医、ニコラス・アンドレが、
あまりの痛さで顔がゆがむことから「疼痛性チック」と命名した程である。
事実、ひどくなると風が当たるだけでも痛みが誘発される。
ペインクリニックで扱う痛みのなかでも「最大級の痛みと言える。
頭蓋内で、動脈硬化が進んだ血管(上小脳動脈など)が、
脆弱 な三叉神経の根元を圧迫することで痛みを生じるのだ。

「顔面神経痛なんです」は間違い

三叉神経は、脳のなかに12対存在する脳神経の第5番目であり、
顔と歯、舌の一部の感覚を脳に伝えている。
名前の通り3つの枝に分かれ、1番目の枝(第1枝)は片側のおでこ、
第2枝はほっぺた~上唇、
第3枝が下唇~あごの感覚をつかさどっている。

片側の顔面に「電気が走るよう」とも、
「刃物で刺されるよう」ともたとえられる激烈な痛みが、一瞬~2分間程度起こる。
発作と発作の間は痛まない。
触れることにより痛みを誘発する部位(トリガーポイントと呼ぶ「引き金点」)が存在する。
したがって、S江さんは、ほっぺを軽く触れられるだけで痛みが誘発されるのだ。
なお、同部の感覚は保たれている。
帯状 疱疹ほうしん や顔面の腫瘍などにより2次的な三叉神経痛を来すことがあるが、
これらは「症候性三叉神経痛」であり、この場合には感覚異常を伴う。

顔が痛いとき、「私、顔面神経痛なんです」と訴えられる方がおられるが、これは間違い。
顔面神経(第7番目の脳神経)の大部分は運動神経線維で構成されており、
痛みの原因となることは、まずない。

50~60歳代に発症のピーク

典型的三叉神経痛は、50~60歳代に発症のピークがあり、女性に多い。
右側にやや多く、第2枝、3枝に多く生じる。2本の枝で同時に起こることもある。
なお、歯が原因と勘違いされて、不必要な抜歯を受けてしまった患者さんを診ることも少なくない。
まず、ペインクリニックを受診していれば……と思う。

ペインクリニックでの治療は、三つのステップで行う。
第1段階は薬物治療だ。
てんかん薬であるカルバマゼピン(商品名テグレトール)の服用である。
しかし、このカルバマゼピンには、めまい、吐き気、薬疹などの副作用があり、年配者では服用が難しいことがある。
副作用が強く表れる場合には、他の抗てんかん薬(ラモトリギントピラマート)を用いる。
五苓散 柴苓湯 といった漢方薬を処方して、副作用を起こすことなく良好な鎮痛効果を得ることもある

薬剤でコントロールできない場合は…

薬物治療で痛みがコントロールできない場合には、
第2段階として、末梢での神経ブロック療法を考える。
これらによっても十分な効果が得られない場合には、
第3段階として、
頭蓋骨から三叉神経が出てくる部分を遮断する三叉神経節ブロックを考える。

眼窩下神経ブロックで痛みが消え

さて、S江さんである。
まずはテグレトール100mg1錠を日に3回飲むようにと処方したが、
1週間後の受診時に「痛みはましになったが、ふらつきがひどい」と訴えられた。
そこで、局所麻酔薬を用いた眼窩下神経ブロックを行ったところ、「あら、痛みがなくなったわ」。
「では、次回受診時には同じブロックを高周波を用いてしましょうね」と説明した。
高周波によるブロックの後、1年が経過しているが、今も効果は持続。
「食欲が出て、5kgも肥えちゃった。何とかなりませんか?」と訴える。

脳神経外科では、開頭による神経血管減圧術(ジャネッタの手術)が行われている。
神経を圧迫している血管を移動させ、神経と血管の間にクッションを挿入する方法だが、
聴力障害、顔面神経 麻痺まひ 、めまいなどの合併症や痛みの再発も報告されている。
放射線を照射するガンマナイフも行われているが、こちらも再発が問題となっている。
(森本昌宏先生 麻酔科医)
近畿大学医学部麻酔科教授を経て、大阪なんばクリニック本部長・痛みの治療センター長。