テオドール

動悸を気にする喘息患者
http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/di/diquiz/ より一部改変
 

◆Question

喘息の治療で内科に通院しているMさん


最近、動悸がすることがありますが、おそらく体重が増えたからだと思います。
ようやくタバコをやめることができ、それでご飯がおいしくて太ってしまいました。
以前、運動をして喘息が起きたことがあったので、運動は控えていたのですが、
やはり多少は運動をした方がいいのでしょうか。


処方せん
テオドール錠100 4錠

  分2 朝食後・就寝前 30日分
オノンカプセル 4カプセル

   分2 朝食後・就寝前 30日分

※Mさんには、5年間ほど同じ処方が続いている

◆服薬指導

最近Mさんがお感じになっている動悸は、もしかしたら、
禁煙したことがきっかけで起きた薬の副作用かもしれません。
このテオドールというお薬は、タバコを吸っていると効きが悪くなるお薬なので、
喫煙者の方には多めに薬が使われます。
ですからMさんのように、これまでと同じ量を飲んだ状態で禁煙をすると、
薬の効果が 強く出て、心臓などに副作用が出てしまうことがあるのです。 
Mさんの場合も、テオドールの量を少し減らした方がよい可能性があります。
もしよろしければ、今から電話で診療所の先生にMさんが禁煙されたことをお話しして、
テオドールの量がこのままでいいかどうかを相談したいと思いますが、いかがでしょうか。

◆解説

 テオフィリン製剤は、喘息や慢性閉塞性肺疾患COPD)などの治療薬として幅広く使用されている気管支拡張剤である。しかし、その有効血中濃度域は8〜20μg/mLと狭く、様々な要因で、十分に薬効が得られなかったり、副作用が出現する可能性がある。

 テオフィリンの血中濃度を左右する要因の一つがタバコである。タバコの煙に含まれるタール(多環芳香族炭化水素)は、テオフォリンの代謝を促進する。テオフォリンは、主に肝臓のチトクロームP450(CYP)の分子種の一つであるCYP1A2で代謝されるが、タバコの煙に含まれるタールは、このCYP1A2を誘導することがわかっている。そのため、喫煙によってテオフィリンの代謝が亢進し、血中濃度が十分に上昇しない場合がある。

 実際、次のような症例が報告されている1)。1日60〜80本のタバコを吸っている76歳の喘息患者に、テオフォリン徐放錠1日400mg(成人常用量)を投与したが、喘息発作が治まらなかった。そこで、血中テオフォリン濃度を測定したところ、終日2〜4μg/mLと有効血中濃度に達していないことが判明。血中濃度をモニタリングしながら投与量を増やし、最終的に6時、10時、15時、就寝前の各食間に300mgずつ1日1200mgを投与することで、約8μg/mLの血中濃度を維持することができた。患者は喘息症状が改善し、服用していた経口ステロイド剤を止めることができたという。

 一方、テオフィリン服用中の喫煙者が禁煙した場合には、さらなる注意が必要となる。喫煙により誘導されていたCYP1A2が、禁煙することで正常に戻るため、喫煙時と同じ量のテオフィリンを服用していると血中濃度が上昇し、テオフィリン中毒を起こす可能性があるからである。テオフォリン中毒では、消化器症状(悪心・嘔吐など)、精神神経症状(頭痛、不眠、不安、興奮、痙攣、せん妄など)、心・血管症状(頻脈、心室頻拍、心房細動、血圧低下など)などが出現する。

 禁煙によりテオフィリンの血中濃度が上昇し、死亡した高齢患者のケースが海外で報告されている2)。肺気腫の治療のためにテオフィリン徐放製剤を1日400mg服用していた65歳の女性患者が、禁煙して9カ月目に3週間にわたる衰弱、悪心・嘔吐を主訴に入院。その後、心房細動、痙攣、呼吸困難、発熱、白血球増多症などが出現し、入院5日目に死亡した。入院時の血中テオフィリン濃度は45.2μg/mLに上昇していたという。

 この症例では、禁煙後9カ月目にテオフィリン中毒が起きているが、禁煙してからどのくらいの期間でテオフィリン代謝に影響が出るかはよくわかっていない。禁煙後1週間以内にテオフィリンのクリアランスは低下するとする報告もある。最近の研究では、喫煙によるCYP1A2誘導を抑制もしくは増強すると考えられる遺伝子変異が発見され、これがテオフィリン代謝に対する喫煙の影響の個人差に関与しているのではないかと推測されている3)。

 テオフィリン服用者に対する薬局での服薬指導では、必ず喫煙習慣の有無を確認し、喫煙者には喫煙を続けているかどうかを定期的に確認する必要があるだろう。もっとも、テオフィリンが有効な喘息等の呼吸器疾患では、喫煙自体が病状を悪化させる。「タバコを止めれば、テオフィリンの服用量も減らすことができる」といったアドバイスで、禁煙を促すことも大切である。
日経DI