タバコ会社のグローバル戦略を知ろう

タバコ会社のグローバル戦略を知ろう 錦光山雅子http://apital.asahi.com/article/msk/2013070400006.html

ハーバード公衆衛生大学院 コノリ教授


「2011年に日本をケーススタディにして論文を書いたことがあります。
1980年代、日本に外国タバコが広く売られるようになった、
タバコの「市場開放」後、タバコメーカーが、それまで日本で
ほとんど吸われていなかったメンソールタバコを
女性受けするプロモーションで売り込み、その結果、
「女性はタバコを吸うもんじゃない」という社会的な意識を変え、
若い女性の喫煙者をかなり増やした――という内容です。


このときの市場開放で、外国メーカーは
日本で当時まだ少なかった女性と若者の喫煙人口を増やすことに力を入れました。
そのとっかかりが、細くて軽くてフェミニンな感じのする
「メンソールタバコ」だったわけです。
日本の例は、今後、発展途上国にタバコメーカーが販路を広げる際、
同じ手法で若者や女性にアプローチする手法として使われるのではとみて、
「教訓」の意味でこの論文を書きました。


さて、タバコ業界はいま、主に4社でシェアを分け合っています。
フィリップモリスが一番手で、
その次がブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)。
もともと国の専売公社だった日本タバコ産業(JT)は3位、
それからインペリアルを入れた4社が
世界のタバコのシェアのほとんどを占めています。


日本の場合、1980年代前半まで、
政府の専売公社(JTの前身)が国内のタバコ販売を独占してきましたが、
85年民営化し、JTとなりました。
民営化は当時、米国からの日本のタバコ市場の開放の圧力を受けてのことでした。


当時、米国では市民団体などからのアピールや、
厚生長官によるタバコの害をまとめた公式レポート、市民の禁煙意識の高まり、
規制強化などを背景に、米国内の喫煙者が減っていました。
米国市場の縮小を余儀なくされ、新た売り先を探していた米国のタバコメーカーからの
働きかけもあり、米政府が、日本や韓国、台湾、タイに対し、
輸入タバコにかかっていた関税をなくすよう、いわゆる「市場の開放」を迫ったのです。


市場開放と同時に、一気に安くなった外国タバコが、日本に広まりました。
そのひとつが先ほど話したメンソールタバコだったのです。
開放前の1980年には1%もなかったメンソールタバコのシェアは、
2008年には20%まで増えました。


日本とは対象的な動きを見せたのが、タイです。
タイも政府企業による専売制でしたが、米国からの圧力に応じませんでした。
米国は貿易を扱う国際機関「GATT」に訴え、
タイのタバコ市場開放にこぎつけましたが、これに対し、
タイはすべてのメディア媒体でのタバコ広告の全面禁止や
公共的な場所での禁煙などをはじめとする、当時世界でもかなり厳しい水準の
タバコ規制政策を次々と打ち出し、タバコの蔓延を食い止めようとしました」

                                                                                                                      • -



GATTの裁決が出た当時のニューヨークタイムズの記事では
「米国のアジア市場への参入プレッシャーは、
米国タバコの強力なマーケティング戦略で、それまでタバコを吸わなかった人も
吸い始めてしまうかもしれないという懸念が出ている」と紹介していますが、
日本の場合、若い女性がそのターゲットになったわけです。


主なメンソールタバコの銘柄は、90年代初めに発売が始まりました。
その直前の1989年、日本の20代女性の喫煙率は8・9%。
それが97年には21.3%までに増えました。


タバコ会社がテレビラジオでの製品CMを自主規制したのが98年なので、
それまでにかなりの女性が、タバコに手を伸ばしてしまったのが見えてきます。


最近の女性の喫煙率の年代別の分析で
「30歳代が16.6%、40歳代が16.5%と中年層で高い値を示しています」
とありますが、90年代に喫煙率が急上昇したときに20代で
タバコを吸っていた女性の多くが中年になっても吸っていることが伺えます。

                                                                                                                      • -

コノリ教授
「喫煙率を下げるのにとても有効な手立ては大きく2つ。
公共的な場所での屋内禁煙法の制定と価格(税金)の引き上げです。


日本のタバコの価格は1箱いまいくらぐらいですか?
マイルドセブンで410円・・・・ずいぶん安いですね。
米国は自治体や商品によって価格は違いますが、
ボストンのあるマサチューセッツ州はいまだいたい10ドル(980円)前後で、
これから12ドル(1176円)にあげようとしています。
一番高いニューヨークは14ドル(1372円)です。


タバコを値上げすると、喫煙率は6%ほど下がるといわれています。
研究によっては若者に限ると喫煙率は13%下がるという結果も出ています。
パーセントで考えると、小さな影響かもしれませんが、
もし国内に2500万人の喫煙者がいたら、
と考えると莫大な数になるのが想像できますね。


ほかに、喫煙者の減少に大きな影響を与えるのは、屋内の禁煙規制です。
アイルランドは早い段階でこの規制を始めました。2004年のことです。


喫煙者の多いアイルランドで、どうやって成し遂げたのか?
大学の研究者と環境医学の政府機関が委員会を作って、
子供が家で親たちのタバコを吸い込む受動喫煙
どれだけ子供の尿にニコチンが含まれているかを調査したのです。
喫煙者と一緒に暮らしている子供や
(タバコが吸われている)公共的な場所に行っている子供は、
極端に高い値が出ました。こうした結果を公表して、
禁煙政策を進めていったのです。」


先進国ではタバコに対する規制が厳しくなり、喫煙者が減り続けているため、
タバコ会社は、アフリカ諸国などに販売のターゲットを変えています。
アフリカはまだ、感染症など急性の病気に対応するのが精一杯で、
タバコ規制に力を入れる余裕のない国が多い。


一方で、経済成長に伴い、タバコを買える経済的な余裕が出てきた国民が増えている。
こうした国に、タバコ会社が投資するのです。


工場を作って雇用を増やすだけでなく、CSR活動と称して、奨学金制度や
寄付制度を設けたり、地元で活動する医療や開発団体に助成金をあげたりする。
こうすることでタバコを売りやすい土壌=
タバコの規制がゆるい社会を作っていくのです」

                                                                                                                      • -



アフリカ諸国の中で、
男性の喫煙率が1ケタにとどまっている国は少なくありません
いくつかあげてみると、
ナイジェリアは8.0%、コンゴは8.8%など。


エジプトやリビア南アフリカなど、すでに20%台、
40%台になっている国もありますが、
購買力が低い国では、まだ1桁にとどまっているところが多いです。


BMJが発行する専門誌
「タバコ・コントロール」の2012年3月号に載った記事は、
タバコ会社ブリティッシュアメリカンの財団が、
ナイジェリアの州で農民の表彰制度を始めたり、
主食に使われる野菜「キャッサバ」の加工場建設のために寄付したり
といった「CSR活動」を批判しています。


ナイジェリアは、タバコ会社の進出に対し、無防備な発展途上国が多い中、
タバコの蔓延への危機感を抱いて、政府がタバコ会社を相手取って裁判を起こしたり、
市民団体が法規制を国に急ぐよう積極的に働きかけている国のひとつです。


2007年秋、ブリティシュアメリカンやフィリップモリスなど
3つのタバコ会社に「保健事業に受け入れがたい圧力を与え、
欧米の元喫煙者たちの代わりに若者たちをターゲットにしている」
として訴訟も起こしました。


一方、困難にも直面しています。
2011年5月までに、同国の上下院でタバコの規制法が通過。
あとは、大統領が署名すれば成立する段階まで来たのですが、
ジョナサン大統領が署名をせず、批判が上がっています。

                                                                                                                      • -

コノリ教授
「JTは、もはや先進国を見限って、世界の貧しい地域に進出しているんです。
国が大株主の企業が、そういうことをしている事実を
国民として望んでいることですか?と問いたい。
日本人の人たち、憤慨しますよね。
タバコについての世論調査を日本でもしてみたらどうでしょう。


国がタバコ会社に関与している限り、厳しい規制はできません。
では、逆はどうか。
トルコはそのいい例だと思います。


2008年2月、トルコは
国営タバコ会社「テケル」をブリティッシュ・アメリカン・タバコに売りました。
その結果、政府はタバコ関連産業への配慮をすっかりやめ、
売却から数カ月後の同年5月、世界の中でも優れた屋内の禁煙法
(公共の場所での喫煙禁止。
バー、カフェ、レストランは2009年7月から禁煙開始)
を発効させたのです。


日本の財務省も今年、所有していたJTの株を手放すことにしたと聞いています。
日本は男性の喫煙率は落ちてきているものの、
タバコ対策は世界の流れから遅れていて、まだまだ改善の余地があります。


NGO(市民団体)やマスメディア、研究者などが手を組み、
タバコへのまなざしを変える大きな流れを作っていってほしいと思います」