ジェノバで青ざめる

f:id:sna59717:20001126190553j:plain
イタリアから山越えでスイスへ向かう
 
 
 
1998年1月1日
ローマ、フィレンツェ、ミラノを経てジェノバに着いた。
うらぶれた港町だ。
 
駅前の安宿にバックパックを放り込んで、
この街の名物グリーンソースのスパゲティを食べようと夕暮れの街に出た。
 
ホテルのフロントの人に教えてもらったリストランテ
探したがなかなか見つからない。
 
「煙草もってなーい?」
と声をかけてきたヒマそうな18歳ぐらいの少年が、
いっしょに探してやると言うのであちこち歩き回った。
 
僕が日本人だと言うと
「ジュードー知ってるよ、こうだろう?」
と少年は柔道の体落としの足さばきをして見せた。
 僕が「うまい」と誉めてやると
そいつはしつこく同じ事を繰り返してきた。 
最初は面白かったが、あまりのしつこさに鬱陶しくなってきた。
 
そのうちホテルで教えてもらったリストランテが見つかったので
少年と別れて店に入った。
 
 グリーンソースのスパゲティを注文したあと
僕はズボンの右ポケットに入れていたパスポートが
無くなっている事に気づいた。
やられた!盗まれたのだ。
 
ホテルのフロントでパスポートを渡して
部屋に荷物を置き
ホテルから出るときに返してもらって
それをズボンのポケットに無造作に突っ込んでいた。
 
財布は胸ポケットに入れ
その上にセーターを着ていたので盗られていなかった。
 
イタリアに入国した最初の頃
ローマあたりでは身構えていたが、何日か過ごすうち
親切な人にたくさん出会って緊張感が緩んでいたのだ。
 
パスポートには金を入れていなかったので
少年が捨てる可能性もあると考えた。
 薄暗がりの中、今さっき少年と歩いた道を戻ってみた。
ゴミ捨て場や溝なども懸命に探したが、結局見つからなかった。
 
僕はかなりブルーになっていた。
警察に盗難届けを出して、日本大使館に行かねばなるまい。
ローマに逆戻りだ。
 
パスポート再発行まで1週間くらいだろうか?
日本までの安売りチケットは変更できるのか? 
会社はどうするんだ。
 
探すのをあきらめて
スパゲティを食べにリストランテに戻ってきた。
 
その時、近くの暗がりからあの少年が再び現れた。
連れが2人増えていた。
 
「これ、落ちてたから拾っといてやったぜ。」
少年はニヤニヤして僕の赤いパスポートを差し出した。
 「オー、グラッチェ!グラッチェ!」
と大げさに言いながら僕は引きつった作り笑顔で
少年の手から素早くパスポートをつかみ取とった。
「俺たちは友達だろー?」少年は右手を出して握手を求めてきた。
奴の左手が何かをスリ盗らないか、警戒しながら握手をすませた。
さらに抱きつこうとしたので拒否。
他の奴に腕をつかまれたが
必死に振り切ってリストランテまで駆け込んだ。
 
店の主人が窓越しにその光景を見ていたので
「あの少年たちを知ってますか?」と尋ねた。
「奴らはアラブ人だ。イタリア人じゃあない。
 あいつらが街を悪くしているのさ。」と言う。
そう言われれば少年の顔はイタリア人とは違ったような気もするが
夕暮れ時で肌の色もよくわからなかったし
そもそもイタリアは観光客だらけで誰がイタリア人なのか
どんな顔なのか僕には見分けがつかなかったのである。
 
しかし、助かった。柔道小僧なんて手口はガイドブックには載ってなかった。
地球の歩き方」に投稿しよう。
(掲載されました:ジェノバのページをご覧下さい)
 
いや、待てよ、あいつら帰りに待ち伏せして
暗がりから飛び出してきて、ナイフで脅してくるかも? 
靴の中に金を隠そう・・・
 そんなことを考えながら
グリーンソースのスパゲティを赤ワインで胃の中に流し込んでいた。
 
この話を人にする時
「ところでそのグリーンソースはどんな味だったの?」
と聞かれるが、どんな味だったのかはよく覚えていないのです。