しつこい咳,切れにくい痰

漢方ベストチョイス『しつこい咳,切れにくい痰』
あきば伝統医学クリニック院長 秋葉 哲生先生
http://www.tsumura.co.jp/password/magazine/133/bestchoice.htm


麻黄附子細辛湯

本方は附子(トリカブトの根を薬としたもの) が入るので手を出しにくい印象がある.
しかし,ある無作為化比較試験で
西洋医学の総合感冒薬よりも有意に優れた結果が出てからは頻用される処方の1つになった.
投与のポイントはただ1点で,新陳代謝の低下した高齢者の感冒,咳嗽である.
発熱はあってもなくてもよい.痰の多い少ないにも関係しない.
切れ味がよい薬なので,とにかく一度お使いになられることをお勧めする.
高齢者への副作用もほとんど心配ない.
エフェドリン類が有効成分である生薬麻黄を含む製剤なので
2週間を超えない投与期間が勧められる.

麦門冬湯

加齢とは乾燥の過程であるという有名な言葉がある.
漢方医学では乾燥すると熱を醸すと考えるので,
高齢者は高齢者というだけで気管支炎などの炎症を伴う状態になりやすいのである.
実際の臨床で,ちょうど脱水状態に陥った高齢者が微熱を発するようなものと理解すればよい.
高齢者が「乾く」とは,水分の乾きと血の乾きとがあり,両者は少し病態が異なる.
水分を主とする乾きは粘膜一般の乾燥を招き,喀痰は粘稠になって切れにくくなり
咳き込むと咳が咳を呼ぶかたちになって,ますます咳き込む.
ひとしきり咳き込んだ後は,がっくりと疲れが出てくるのである.
つまり,元気を消耗してしまうのである.
麦門冬湯は前者の水分を主とする乾きを潤して咳を鎮める良薬である.
本方は1,2服でも効き目がわかるので,効果を確認してから長めの処方をするとよい.
長期投与にも適した方剤である.

滋陰降火湯

麦門冬湯が患者の水分の乾きを背景にしているのに比べ
滋陰降火湯は血の乾きが主となって起こる咳嗽である.
痰が少なくて切れにくい点は同じだが,本方では火照り,のぼせ,ふらつき
腰や膝に力が入らない,寝汗をかくなどの症状に用いられる.
皮膚はかさかさして乾燥して潤いに乏しく,皮膚の色調もやや褐色を帯びていることが多い.
るい痩傾向がある場合が多く,少なくとも色白でしっとりした肌の
肥満したケースには適用がないと考えてよい.長期投与にも適している.

竹筎温胆湯

本方はもともと発熱性疾患が長引いて痰のからむ咳が出る状態に用いるものである.
原方の温胆湯は,胃の水毒を処理する二陳湯に炎症性の痰をさばく竹と気をめぐらす
枳実を加えたもので,物事に驚き易く,心に怯えがあるような状態を改善する作用がある.
それに気道の炎症を治療する柴胡や黄連,麦門冬などが加わったもので
脳血管障害などの意識レベルが低下し易い基礎疾患を有する高齢者の咳嗽に用いる機会がある.
本方は不眠などにも用いられるので,睡眠導入剤などの減量も可能になる場合がある.
長期投与も問題はない.

清肺湯

本方は痰が比較的多く,なおかつ切れにくい場合に用いられる.
西洋医学的には炎症は中等度までで,ときに血痰を混ずるようなものにもよい.
時々気管支や肺の方から発熱すると思われる症例には
服用するうちに発熱頻度が減少することが期待できる.
月余にわたる投与もむろん問題はない.
幕末から明治に活躍した浅田宗伯は
本方は長引く咳に用いられるが,実熱ではなく虚熱に用いるのがよいと述べている.
西洋医学的にいえば,あまり炎症の程度は強くないという意味であろう.
炎症が強いときには柴朴湯や柴陥湯がよいであろう.