爆心地の虫たち 青来有一

新聞より一部改変


私が通った長崎の小学校は
原子爆弾が炸裂した爆心地から近く
約1400名の児童が死んだ。
私の小学校入学は被爆から20年過ぎていた。
(中略)
小学校の頃の夏休みは神社の裏の森で
一日のほとんどを過ごしていた。


黒っぽい腐葉土を踏みしめて森を歩いた。
甘い樹液の匂いや
葉っぱの青臭い香り
饐えた匂いなど
森にはいろいろな匂いが流れている。


木漏れ日が行く先を照らして
小さな水溜りは青色を映し出していた。


濡れた地面には
時にはアオスジアゲハが群れていることがあった。
翅(はね)を小刻みに震わせながら
細いぜんまい状の口を伸ばして水を吸っている。
翅は黒く縁取られた螺鋼細工のようで
青い三角の模様が鮮やかだった。


木漏れ日がさす森で
なかば渦を巻くようにして
数十の青い蝶が
地面からいっせいに飛び立つ光景には神秘さえ感じた。
(中略)
爆心地の公園の桜の下で
幼い男の子を連れた母親が
蝉を追いかけているのを見かけた。


ジーンズ姿の若い母親が
グンと腕を伸ばして網を振ると
偶然にも蝉が飛び込んだ。


歓声を上げて駆け寄る子どもの手から
すぐに蝉は逃れ去り
まっすぐに夏の朝の青空に消えていった。