生の斜面 芹沢俊介

(2005年8月朝日新聞より、一部改変)


1997年から98年にかけて
自殺者が一気に8000人も増えて3万人を突破し、元に戻らなくなった。
それは社会や精神の構造が根本的に変化したことの表れだと感じた。


企業が人を雇う考え方を大きく変え始めたのである。
”バブルの崩壊”と”グローバリズム”という二つの大きな波に押し流され
日本企業は”終身雇用”と”年功序列”を捨て”能力主義”を導入した。


「要・不要の選別のメカニズム」が私たちの社会で強く作動し
直接的にはリストラという動きで現れた。


”組織に忠誠を尽くせば安定につながる”
という価値観が崩壊しただけでなく
「不要」の側に選別された人たちは
それを自分の責任として受け止めざるを得なかった。


私たちは「生の斜面」に立っている。
斜面が緩やかなら、ゆったりと生きていけるが
ここ10年ぐらいは非常に斜度が険しくなってはいないか。
その傾斜は70年代から少しずつ上がり、90年代に一気に急角度になった。


「要」の側に選別された人でも、いつ「不要」とされるか分からない
という不安を抱え、脇を締めて体をこわ張らせていなければ
斜面をずり落ちてしまう緊張度の高い社会になった。


リストラが一段落しても自殺者が減らないのは
要・不要のメカニズムが社会構造にきっちり組み込まれたからだ。


緊張度の高い社会は自分のことが精いっぱいで他人に構ってはいられない。
さらに自分が他人に救いの手を差し伸べなかった分
自分が苦しくなった時には助けて欲しいと、声を上げられない
という悪循環が起きている。
甘えを否定する社会になったのだ。