518日間のはい上がり

「518日間のはい上がり」より一部改変
http://bizmakoto.jp/bizid/articles/1009/02/news100.html
http://bizmakoto.jp/bizid/articles/1009/17/news085.html

俺は、いつものようにビールグラスを取り出すと
それにウイスキーをドボドボと注ぎ、軽く一杯飲み干した。
冷蔵庫からつまみになるものを取り出してきて、ソファーに向かう。

ボトルのウイスキーは、あっという間に3分の1ぐらいになった。
灰皿も山盛りになっている。
また吸いたくなった。
タバコをくわえて火をつける。

テレビでは、くだらないバラエティ番組をやっている。

(中略)

・・・俺は地獄に堕ちている。
ゴルゴ13の顔をした閻魔大王が、俺に向かって「ギルティ」と宣告する。
2匹の鬼が俺を両側から抱えて、火炎地獄に連れて行く。
「うわあ、やめろ!」
鬼は、俺の腹に火を着けた。俺の腹から火が噴き出す。
「熱い、熱い、熱ーーーーーーい」
あまりの痛みに目が覚めた。

反射的に痛むところを見た。
火が着いたタバコが腹に落ちている。
Tシャツに穴が開いて、煙が出ている。
俺は慌てて、タバコを振り払う。焦げ臭い。
絨毯の上に落ちたタバコを拾い上げて、灰皿に捨てた。
拾うときにちょっと熱かったが、
腹の熱さに比べたら屁のようなもんだった。

幸い、絨毯もソファーも被害はなかったが
俺のへその上10センチぐらいのところに
直径2センチぐらいの真っ赤な円が描かれていた。

しばらくして、頭痛とともに酔いが冷めてきた。
冷静に考えると、これって相当やばいことなんじゃないだろうか。
たまたま気がついたからいいけど
もっと酔いが回っていたら気がつかなかったかもしれない。
たまたま腹の上に落ちたからいいけど
もっと燃えやすいものの上に転がっていっていたら
業火の中でそのまま窒息死してたかもしれない。

焼け死にしかけたというと大げさだけど
このままではいけないと思ったのは確かだ。
そうでなくても、1日にウイスキーのボトル1本にタバコ3箱。
長生きできるわけがない。病気にならなくても、火事で死ぬかもしれない。
死なないまでも、重大な障害が残ったり
周囲に迷惑をかけるような事故を起こすかもしれない。

俺はさっき焼け死にしかけたことも忘れ
タバコに火をつけて、大きく息を吸い込んだ。
さっきタバコを落としたところがまたヒリヒリしてきた。

「禁煙だっ!」思わず声に出してしまった。

まず、自分がなぜタバコを吸うのか?
どうしてタバコに愛着があるのかを、書き出してみた。


◆吸うと落ち着く
◆男らしいと思う
◆暇つぶしになる
◆考えがまとまる
◆休憩にちょうどいい
◆吸うとイライラがおさまる
◆TVで俳優がカッコよく吸っていたのを真似したい


 ……結構出てくる。

じゃあ、タバコを吸い続けているとどうなるのだろうか?


◆喉が痛い
◆金がかかる
◆口がくさくなる
◆歯が黄色くなる
◆肺がんになりやすい
◆なんとなくうしろめたい
◆人前で吸うと迷惑がられる
◆意志の弱いやつだと思われる
◆そのほかの病気にもなりやすい
嫌煙家(多くは女性)に嫌われる
◆吸えない場所が増えてきたので街に出たらたいへん
◆会議や研修などに参加してもタバコが吸いたくなって、うわの空になる


うーん。どうやらデメリットはかなり多い。
逆にタバコをやめると、どんなメリットがあるんだろうか?


◆金が浮く
◆知的に見える
◆食事が美味しい
◆喉が痛くなくなる
◆歯がきれいになる
◆うしろめたさがなくなる
◆意志の強い人と思われる
◆吸えなくてもイライラしなくなる
◆吸えないときも仕事に集中できる
嫌煙家とつまらない論争をしなくて済む
◆街に出ても吸い場所を気にしなくて済む


俺はいま書き出したことを
名刺大のカードに書き込んで、いつでも眺められるようにした。
それから空白のカードも一緒に持ち歩くことにした。
自分がどういうときにタバコを吸っているのかを書きとめるためだ。

朝起きたら、いきなり目覚めの一服をしていた自分に気がつく。
白紙のカードに
「単に、朝起きたら吸うことになっていたから」
と書いた。
そして、メリットとデメリットのカードを見直す。

夜寝る前に、今日書きこんだカードを見直した。
すると
「食後だから」
「ただなんとなく」
「何の気なしに火をつけていた」
というカードが非常に多いことに気がついた。

もちろん
「イライラしたから」
とか
「考えごとがまとまらなくて」
というカードもあったが、実に少ないことが分かった。
「男らしさを表現したくて」とか
「女性にアピールしたくて」なんていうカードは1枚もなかった。

もう一度、メリットとデメリットのカードを見直して
明日からはただなんとなく吸うのはやめようと誓った。

何の気なしにタバコを手にとったのに気づいたら
火をつける前にメリットとデメリットのカードを見るようにした。
そうしたら、タバコの本数が激減した。
3箱必要だったのが、1箱を切るようになった。我ながら驚くべき成果だ。

不思議なことに本数が減ったら、イライラすることも少なくなった。
そうなるとまたタバコの本数が減る。

次の変化は、イライラしても吸わない俺のほうがかっこいいじゃん
と思えるようになったこと。そうするとまた本数が減る。
どこまで減るのかが楽しみになってくる。

こうしてむかえた9月1日。
劇的な変化が起こった。
タバコを吸う気がまったくなくなったのだ。

机の上には灰皿がおいてあり
その横に封を切ったタバコとライターがおいてある。
吸いたくなったらいつでも吸えるという安心のためだ。
しかし、1回も手が伸びなかった。

この変化があって、
ようやく禁煙することを俺は誓ったのだった。
一生タバコは吸わないぞ、と。