ベンゾジアゼピン系薬の安易な処方に警鐘

向精神薬になったデパス、処方はどうする?
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/201611/549051.html



2016年10月14日、
新たに第3種向精神薬に指定されたエチゾラムとゾピクロン
11月1日から、保険医による投与期間の上限は2剤とも30日分とされた。
処方薬乱用や依存形成を問題視する専門家たちは、
「これを機に、エチゾラムなどの安易な処方はやめるべきだ」と指摘する。


「問題がない人はいますぐ中止しなくてもいいが、非薬物治療も組み合わせていくべき」
と語る国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦氏。


「特にエチゾラムについては、認知機能の低下、転倒・骨折といった副作用、
乱用などを以前から問題視しており、向精神薬指定の必要性を国に訴えてきた」――。
国立精神・神経医療研究センターで精神保健研究所薬物依存研究部部長を務める
松本俊彦氏は、今回の向精神薬指定をこう振り返る。


エチゾラムとゾピクロンを向精神薬に指定した背景として
厚生労働省が挙げるのは、国立精神・神経医療研究センターが実施する
「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」の結果だ。
最新の2014年度の調査では、国内1598施設の有床精神科医療機関のうち
1201施設(75.2%)から回答を得ている。


その結果を見ると、
乱用されることのある処方薬の中で、
最も頻度が高いのがエチゾラムだった(表1)。
ゾピクロンも11番目に多い。


この調査の責任者である松本氏は、
「2010年度の調査で、乱用に使用される薬物として処方薬が覚醒剤に次ぐ2位となり、
処方薬乱用の問題がより鮮明になった。
処方薬の中でも特にエチゾラム
以前から乱用されることが多い薬剤であるということもあり、
国がようやく向精神薬指定に動いたのだろう」とみる。

指定の意図は安易な処方への警鐘

エチゾラム、ゾピクロンともこれまでは投与期間の上限がなかった上、
特にエチゾラムは適応が広く、様々な診療科で処方されるため、
「乱用者にとっては入手しやすい薬剤」(松本氏)だった。


埼玉医科大学救急科教授の上條吉人氏も、
「過量服薬でERに搬送されてきた人が使用していた薬物として、
最も多いのがエチゾラムだった」と話す。


利用者にとっては、複数の医療機関で処方を受けるといった抜け道はあるものの、
一度の受診で30日分を超える処方を受けられなくなったことで、
乱用に一定の歯止めが掛かることが期待されている。
ただし一方で、松本氏は、
「今回の向精神薬指定は、乱用防止だけでなく、
漫然とした処方が行われている現状に改めて警鐘を鳴らす目的があるのではないか」と話す。

骨折や認知機能低下のリスクに

エチゾラムは短時間作用型のベンゾジアゼピン系薬であり、
睡眠薬として使ったときも翌朝への持ち越しが少なく、
安全だと捉えている医師は少なくない。
また、エチゾラムは「睡眠に引き込まれるような」(松本氏)使用感があるといい、
患者が効果を感じやすい。そうした事情から、長期間継続的に処方されやすかった。


しかし、エチゾラムなどのベンゾジアゼピン系薬および
ベンゾジアゼピン睡眠薬の服用を長期間継続すると、
処方された量で適正に使用していても
精神依存および身体依存が起こる「常用量依存」を生じる。
また、筋弛緩作用による転倒・骨折のリスクもある。
因果関係は不明な部分もあるが、
「転倒して大腿骨頸部や腰椎の骨折で搬送されてくる高齢者の中には、
エチゾラムが処方されている例がかなり多い」と上條氏は実感している。


最近の調査でも、ベンゾジアゼピン系薬は
骨盤や大腿骨の骨折リスクをオッズ比で1.9倍増大させると報告された
(Requena G, et al. Pharmacoepidemiol Drug Saf. 2016 Mar; 25 Suppl 1: 66-78.)。
他にも、ベンゾジアゼピン系薬の使用経験を有する群は
使用なし群に比べ認知症発症リスクがオッズ比で2.94倍、
非血管性認知症に限ればオッズ比3.59倍高まるという報告
(Gallacher J, et al. J Epidemiol Community Health. 2012 Oct; 66: 869-73.)や、
アルツハイマー認知症患者にベンゾジアゼピン系薬
および非ベンゾジアゼピン睡眠薬を使用した場合、
認知機能低下のリスクがオッズ比で2.77倍高まるという報告
(Chen PL, et al. PLoS One. 2012; 7: e49113.)など、
転倒・骨折リスクや認知機能低下リスクを増大させる薬物として、
特に高齢者では注意が必要と指摘されている。


上條氏は、
「ほかにも、高齢者にエチゾラムを処方すると
せん妄が起き、幻視や見当識障害が生じて暴れたりすることがある。
高齢者のせん妄や骨折は生命予後を悪化させることもあり、
特に80歳以上の高齢者への処方は控えるべきだと考えている」と話す。


既に処方している患者について松本氏は、
「現時点で認知機能の低下やふらつきなどの問題がないのであれば、
必ずしも今すぐ中止する必要はないが、睡眠衛生指導などを行って
薬物療法だけに頼らない努力をすべき。
境界性パーソナリティ障害や飲酒習慣がある人など、
乱用や依存形成をしやすい人は中止した方がよい」と話す。

せん妄予防のために切り替え

とはいえ、
前述のようにベンゾジアゼピン系薬は使用感が良いため、
やめたがらない患者が多い。
上條氏も、「骨折や認知機能の低下など、将来的なリスクを患者に説明しても、
『この薬だけはやめないで』と言われることもある」と話す。
身体依存も強烈で、いきなりベンゾジアゼピン系薬を中止すると
反跳性不眠が起きて不眠が悪化するだけでなく、痙攣を起こすようなケースもある。


この難しいベンゾジアゼピン系薬の中止に積極的にチャレンジしているのが、
静岡がんセンターだ。
同センターでは、手術入院した高齢患者に高頻度に出現するせん妄の対応に悩まされていた。
せん妄は術後の回復に悪影響を及ぼし、医療安全上も大きなリスクとなる。


手術後のせん妄は、
全身状態が不安定になることに入院という環境変化が重なり、特に高齢者で発生しやすい。
しかし、その中には入院前まで長期間にわたって
服用していたベンゾジアゼピン系薬に影響されるせん妄が多く含まれていると考えたのが、
同センターで腫瘍精神科部長を務めていた松本晃明氏
(現・静岡市保健福祉長寿局保健衛生医療部理事)だ。
そこで、せん妄予防のために
高齢入院患者のベンゾジアゼピン系薬を変更する取り組みを行った。


従来の服用量の半分に漸減し、半分を頓服として処方
「長期間服用して依存形成されている場合、
切り替えには工夫も時間も必要」と松本氏は言う。
入院まで1カ月以上の期間がある場合は、
入院前にベンゾジアゼピン系薬のリスクを説明し、
「手術に備えて安全性の高い薬剤に変えていきましょう」
と患者に伝えて睡眠薬をロゼレムとベルソムラに切り替える。


症例1に示す組み合わせで、夕食前にロゼレム(8mg)を1錠、
就寝前にベルソムラ(15mg)を1錠と
エチゾラムなどベンゾジアゼピン系薬を半錠(従来服用していた量の半分)処方する。
松本氏は、「ラメルテオンは効果発現に時間が掛かるが、
せん妄を予防する効果があるとの報告もあり、
『1カ月掛けて睡眠リズムを整える安全性の高い薬です』と説明する。
十分な効果を得るため、
ラメルテオンとスボレキサントという作用の異なる2剤を使用する」と言う。


症例1 
外来で2年間処方されてきたエチゾラムを手術入院前に切り替えた1例(松本晃明氏による)


近医にて、不眠の訴えに対し2年前からエチゾラム1錠(1mg)が処方されてきた67歳男性。
1カ月後に、癌の手術目的で入院が予定されている。
まず患者に、手術に備え安全性の高い睡眠薬に切り替える旨を伝え、エチゾラムを減量する。
定期処方はラメルテオン1錠、スボレキサント1錠、エチゾラム0.5錠とした。
なお、「エチゾラムは中止が望ましいが、どうしても眠れないときは
半錠使用しても構わない」と説明し、不眠時の頓服として
エチゾラム0.5錠を追加使用可とした。


切り替え直後は、不眠時にエチゾラム0.5錠をときどき追加使用していたようだが、
次第に頓用薬を追加しなくても睡眠確保できるようになっていった。
2週間後の外来時に、エチゾラムは定期処方の0.5錠のみで眠れていることを確認。
以降はエチゾラムの定期内服を中止し、不眠時の頓服分の処方のみとした。
エチゾラムの定期内服中止後はときどき頓用薬を使用していたが、
入院前には頓服も不要となり、手術前にベンゾジアゼピン系薬を中止できた。


ただし、ラメルテオンやスボレキサントだけではベンゾジアゼピン系薬が有する
「睡眠に引き込まれるような」感覚が得られないため、
薬剤の切り替えに抵抗を示す患者が多く、
これだけでは患者が再びベンゾジアゼピン睡眠薬を希望するようになりかねない。
また、ベンゾジアゼピン系の減量・中止の影響で起こる反跳性不眠(離脱症状)を、
患者が「新しい睡眠薬が効かないせいだ」と感じることもある。
そのため、従来から使用しているベンゾジアゼピン系薬については、
睡眠薬の適正使用及び減量・中止のための診療ガイドラインに関する研究班の
睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン」にある漸減法を取りながら、
当初は半錠(従来服用していた量の半分)を定期処方し、
さらにもう半錠を頓服として追加使用可とする。
その際、「ベンゾジアゼピン系薬は中止が望ましいが、
どうしても眠れないときは半錠使用しても構わない」と説明しておく。


つまり頓服まで含めれば、
患者は切り替え前と同量のベンゾジアゼピン系薬を使用できることになるが、
この方法により、患者の切り替えへの不安および反跳性不眠の発生を抑えている。
この手順で進めれば、多くのケースで入院までには切り替えられるという。
松本氏は、「エチゾラムは使用が長期化すればするほど依存形成が強固となり、
切り替えが困難になる。せん妄の発生リスクを軽減するには、
ベンゾジアゼピン系薬を術前に中止することが望ましいが、
症例のように慎重な切り替えを要する患者は大勢いる。
これは、エチゾラムの依存性の強さの裏返しなのかもしれない」と語る。


実際に、静岡がんセンター食道外科では、
上記の取り組みを行う前の2012年1月〜2013年10月に
咽頭喉頭食道摘出術を行った患者のうち、
術前にベンゾジアゼピン受容体作動薬(エチゾラムなど)を内服していた26例のうち
せん妄を生じたのは9例(34.6%)だったが、
ラメルテオンのみで切り替えた2013年11月〜2015年2月では23例中2例(8.7%)に減り、
ラメルテオンとスボレキサントで切り替えた2015年3月〜8月では
13例中せん妄を生じた症例は1例もなかった。
松本氏は、「せん妄は多因子によって起こるものだが、
睡眠薬を切り替えることでせん妄の発生が抑えられたり軽症化する症例が多く存在するため、
医療安全にも寄与している」と手応えを感じている。


退院時は「眠れるようになったら、中止してかまいません」
「従来の睡眠薬は依存性があるので、控えてください」と伝え、ラメルテオンを処方。
必要があれば、ベルソムラも加える。
睡眠が取れていれば様子を見ながらまずはスボレキサントを、次にラメルテオンを中止する。
松本氏は、
「これらの新規睡眠薬は、自宅に戻って3カ月以内に自己判断で中止できる人が大勢いる」
と言う。


3年前から不眠があり、かかりつけ医からエチゾラムを処方されている高齢者が、
夜間トイレに行く途中に転倒して大腿骨頸部を骨折。
そのまま手術のために入院した病院で、睡眠確保のためにエチゾラムの内服を継続したが、
術後に激しいせん妄を起こして鎮静薬を投与され、さらに安全確保のため身体抑制を要した。
せん妄はなかなか改善せず、鎮静から誤嚥性肺炎を起こしてリハビリも進まず、
退院が長引いた。
やっと退院できるようになったときには認知機能が低下しており、
自宅退院は叶わなくなった――。
こんな不幸な転帰は、漫然とした長期処方を見直すことで防げるかもしれない。


なお、ゾピクロンの光学異性体であるエスゾピクロン(商品名ルネスタ)は
今回、向精神薬の指定がなされなかった。
この点について国立精神・神経医療研究センターの松本氏は、
エスゾピクロンは発売されてから間もなく、調査にも上がってこないので、
まだ根拠が不十分であり、今回は指定を見送ったのかもしれない。
しかし今後、ゾピクロンの投与期間が制限されたことで
エスゾピクロンが乱用されるようになれば、規制の対象になるのかもしれない」
と話している。