患者さん目線の便秘症治療を

専門医が語る
患者さん目線の便秘症治療を
中島淳先生(横浜市立大学大学院医学研究科肝胆膵消化器病学教室主任教授)
http://www.kampo-s.jp/magazine2/227/index5.htm


◆便秘の診断は難しい



便秘の診断は非常に難しい。それを示す1つの論文がある。
それによると、英国のウェールズ南部の女性731人を対象に、
自覚症状、Bristol便形状スケール、
RomeI基準をツールとして診断したところ、
便秘と判断された人はどのツールでも8%だったが、
3つのツールすべてで便秘と判定された人、
すなわちオーバーラップしていた人はわずかに2%だった。
便秘はまだ診断そのものが混沌としている(Fig.1)。


そのような状況にある便秘症治療のゴールとは何か。
私は、受診した施設で便秘の治療をしてもらって
非常によくなったという患者さんの満足度を上げることだと考えている。


◆慢性便秘治療の基本



便秘治療では、まず便の性状を正常化し、
回数を是正し、排便困難を改善する。
さらに、腹部膨満や腹痛といった便秘の周辺症状を改善する。
この4つが基本となる(Fig.2)。
これを念頭において治療することが重要である。
ただ便の回数が正常になっただけでは患者さんの満足度は非常に低い。


1)便の性状
硬い便が出しにくいことはよく知られている。
例えば、ウサギの便のように硬くて小さい便は出しにくい。
流体力学上、便は硬いほど、小さいほど出しにくいことになっている。
したがって、小さくて硬い便を大きくて柔らかい便にすることが、
便の形状、便の性状を正常化することになる。
 ここが最初のポイントである。
便の硬さを確認するだけでは不十分で、
便の性状という点からボリュームも併せて確認する必要があるということだ。
大きくて柔らかい便にして、
楽に出せるようにすることが一つ目の目標になる。


2)排便回数
排便回数を是正するにあたり、
大腸の刺激性下剤はあくまでも頓用で使用すべきである。
理由は習慣性、耐性、依存性が生じるからで、
特にアントラキノン系の下剤では、多くの場合、快便は得られない。
しかも、下剤を使っているうちに服用量が増えていく
Cathartic syndromeを起こすリスクがある。
これは、下痢の状態なのに、本人は便秘症状と思い込んで服用量が増え、
そのために低カリウム症状になり、
精神異常や電解質異常などを来たすもので、
場合によっては訴訟問題に発展することもある。
いろいろな意味において大事に至る怖れがあるので、
漫然と使ってはならない。


では、どうすればよいか。
まず重要なのは便秘の病態に基づいて治療することである。
その際、刺激性下剤の用量に注意しなければならないが、これが難しい。
耐性があるので、ずっと同じように使っていると用量が不適切になる。
腹痛のような症状も出現する。
治療薬のバリエーションが少ないということが現状の問題となっている。


2つ目のポイントは、刺激性下剤を必要最小限の使用にとどめることである。
漢方の便秘薬には、センノシドやセンノシド以外の
いろいろな成分を含んだ生薬が配合されている。
そのために習慣性や耐性が少なく、
腹部症状などの周辺症状を緩和することが経験的に知られている。
漢方薬をうまく使いこなすと患者さんの満足度が非常に上がることが多い。


3)排便困難
排便困難症は外科も関わる難しい問題のため、今回は割愛する。
ただし軽度であれば、食物繊維や整腸剤、塩類下剤の投与や食生活の指導で
便の性状を是正し、便を出しやすくするために
正しい排便姿勢を教えるなどの生活指導が治療の基本となる。


4)QOL(便秘周辺症状)
多くの医師が気づいていないが、
医師と患者さんでは「便秘」の捉え方に相違がある。
この点を理解することが最後のポイントになる。
医師は、患者さんの病態がどの疾患に当てはまるかを考える。
そのため、排便回数が週に3回以上あれば「便秘ではない」と診断する。
しかし患者さんは
「毎日便は出るが、最近、いきむようになったので心配だ」などと訴える。
あるいは、おなかが張る、便が硬くなったなど、
以前の状態と比較して変化していれば、
その変化を全て便秘と捉えるのである。


振り返ってみれば、機能性便秘の診断基準も
RomeI、RomeIIでは結腸通過時間の遅延を重視して分類していた。
それがRomeIIIになり、いきみ、硬便、残便感という症状を取り上げ、
これらが排便回数と同等に重視されるようになった。
おそらくRomeIVではこの傾向がさらに進み、
腹部膨満感などの症状が入ってくると考えられる。


便秘治療においては、排便回数の是正だけでなく、
患者さんが気持ちよく排便できるようにする
トータルケアが大切だということを理解する必要がある。


◆腹部膨満感、腹痛の治療選択肢
便秘症治療におけるウイークポイントは、
「腹部膨満感、腹痛」に対する
有効な治療薬の選択肢がほとんどないことである。
そのため、現在開発中の薬剤のなかで
「腹部膨満感、腹痛」をターゲットとしたものは、注目の分野となっている。


ところが、日本では既に上市されている漢方薬の大建中湯がある。
これがまさに「腹部膨満感、腹痛」に適応があり、健康保険が適用される。

 
大建中湯は、腸管運動亢進作用、腸管血流量増加作用、
抗炎症作用をもつ薬剤である。
構成生薬は、「生姜」、「山椒」、そして薬用「人参」と、
我々の生活に馴染み深いものばかりで、いずれも体にやさしく働きかける。
外科医なら知らない者はいないほど有名な薬剤であり、
イレウス緩解や周術期のフォローアップによく使用されている。