IFRS知らずに株式投資は語れない

IFRS知らずに株式投資は語れない  編集委員 小平龍四郎
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK17035_Y4A710C1000000/?n_cid=DSTPCS001



ソフトバンク武田薬品工業、リコー、伊藤忠商事……。
これらの企業の共通点は何でしょうか。ピンと来た人はかなりの会計通です。
いずれも2014年3月期から業績報告に国際会計基準(IFRS)を使い始めた企業です。
IFRSは「アイファース」や「イファース」と読みます
あなたが株式の投資家であったり、投資に興味を持っていたりするなら、
このアルファベット四文字を知らずにすませることはできません。


会計基準は企業の業績や財務を表示し、比べるためのモノサシに例えられます。
モノサシの目盛りが狂っていたり、モノサシによって
目盛りの間隔が異なっていたりすると、企業を正しく評価することができません。
特に株式市場がグローバル化し、投資家がさまざまな国・地域の企業を比較しようという
動きが強まってくると、モノサシの目盛りの刻みをそろえる必要性が高まってきます。
ある国や市場で1億ドルの利益が、別の場所では5000万ドルになってしまう。
そんなことは誰が考えてもおかしいでしょう。


■世界共通のモノサシ、日本でも


IFRSは世界のどこでも使える単一のモノサシとして、
すでに世界の約110の国・地域で使われています。
日本国内でも使えます。IFRSづくりを担うのは、
英ロンドンに本部を置く国際会計基準審議会(IASB)という民間組織です。
各国の金融監督当局がIASBの活動をモニターすることにより、
基準づくりの公正さを保つ仕組みもあります。


IASBには日本人の会計士がずっと加わってきました。
モニター機関にも日本の金融庁が入っています。
IFRSは欧州の市場統合とともに普及したものですが、
日本のあずかり知らないところで作られた
お仕着せのグローバルスタンダードではありません。


冒頭でIFRSを使い始めた企業を幾つか紹介しました。
東京証券取引所の集計によれば、すでに合計で27社がIFRSを使用しており、
16社が使う予定を発表しています。
ごく近いところでは、14年8月期の通期決算からファーストリテイリングも使い始めます。
水面下で検討している企業も合わせると、比較的早い時期に
50〜60社がIFRSに移行する可能性があるといいます。
市場での注目度が高い企業が多いため、
IFRSの理解が投資家の企業評価の巧拙に影響するようになるかもしれません。
グローバルに業務を展開し外国人投資家が多い企業ほど、
米欧の競合社と同じモノサシで自社を評価してほしいと思うものです。
企業がIFRSを使う最大の理由はそこにありますが、
特にM&A(合併・買収)に積極的な企業ほど、その傾向が強いようです。


■医薬品、商社が圧倒


東証が集計した43のIFRS企業を業種別に分類すると、
「医薬品」と「卸売業」が圧倒的に多いことが分かります。
ここでいう卸売業とは主に商社です。
医薬品は日本企業の中で最も海外M&Aに積極的な業種の一つですし、
商社も海外投資が収益の大きな柱です。また、医薬品や商社以外でも、
アメリカンスタンダードの買収などで一気に国際的に業容を広げた
LIXILグループのような企業も、IFRSを採用する計画を表明しています。


企業がM&Aをする場合、
正味の企業価値を示す純資産額を超えた金額を投じることが一般的です。
純資産を超えた買収額のことを「のれん」といい、
日本の会計基準では20年以内で償却していく必要があります。
「のれん」とは買収対象となった企業の買収時点での超過収益力を示しているわけですが、
それは時間の経過とともに業界の中での競争が激しくなり、
徐々に消滅していくと考えられるからです。


反対にIFRSは「のれん」の償却がありません。
そのかわりに買収した企業や事業の収益力を毎年測定し、
その価値が純資産を著しく下回った場合に、
差額を損失として一度に計上する減損処理をします。
「のれん」の価値が時間の経過とともに減るとは限らない
という前提に立っているようですが、そこには「自己創設のれん」と呼ばれる、
経営者の願望が入りやすい不健全な会計思想が反映されているとの批判も根強くあります。
このためIFRSが永遠にのれんを非償却とするとは限らないのです。


しかし、米欧勢と同じ基準で評価してほしいと考える日本企業にとって、
のれんに関する会計基準がIFRSを使う動機となっているのは確かです。


前期からIFRSを使い始めた武田は、
のれんの非償却によって日本基準に比べ436億円の営業増益要因が発生しました。
もっとも、IFRSは営業損益段階での費用計上も増えるため
減益要因も600億円強に達しました。
単にのれんの非償却で利益が増えるかどうかだけでなく、
米欧の競合相手と同じ基準で決算を組み立てるということそのものが
企業には最も重要な点なのでしょう。


■米会計基準とも距離縮まる


世界最大の株式市場を持つ米国は、独自の精緻な会計基準があります。
かつて米国外の企業が米ニューヨーク証券取引所などに上場する時は、
会計基準に基づいて決算をする必要がありました。
しかし、現在では米国もIFRSに基づく外国企業の米国上場を認めています。


会計基準づくりを担う米財務会計基準審議会(FASB)は
IASBと協力関係にあります。
象徴的なのは、このほど発表されたIFRS15号という売上高に関する新しい会計基準です。
これはFASBとIASBが共同で作った基準で、
会計基準とIFRSで使われている文言も同じです。
もともと売上高に関する米基準は細かすぎて複雑、
IFRSは曖昧で具体性に欠けるという欠点があったのですが、
両基準の設定者の共同作業によりお互いの弱い部分を修正した格好です。


この新基準は、建設業や防衛産業など
プロジェクトの売上高の計上が長期にわたるような産業や、
携帯端末の無料配布をしているような通信会社などが、影響を受けるとされます。
また、売上高の計上時期を予想するために必要となる受注残のような情報も、
開示が強化される見込みです。


もちろん、米会計基準が丸ごと、
すぐにIFRSに置き換わるといった事態は考えにくいのですが、
IFRS15号の例が示すように、両者の距離はゆっくりと着実に縮まっています。
世界展開を考える企業や、グローバル投資を始めようとしている投資家の皆さんにとって、
IFRSは重要な市場コミュニケーションの道具になっているのだと思います。