半夏瀉心湯

ツムラ漢方スクエア 臨床医のための漢方Q&A
稲木一元先生 東京女子医科大学東洋医学研究所講師


Question

機能性胃腸症逆流性食道炎六君子湯を使っていますが
効かないときに半夏瀉心湯がよい場合があると聞きました。
どんなふうに使うのでしょうか。また、他にはどんな漢方薬を用いればよいでしょうか。

Anser

心下痞鞕(しんかひこう)という腹部所見は
半夏瀉心湯を用いるうえでの重要な手がかりと考えられています。
すなわち、上腹部の腹筋が剣状突起を中心に緊張してやや硬く触れ
圧迫すると不快感を訴えるという状態です。
現代医学的にみれば、胃炎などの際にみられる上腹部の腹筋緊張を指すと思われます。


ただし、実地臨床では虚実という視点も大切になります。
経験的に、半夏瀉心湯は体格中等度(虚実中間程度)ないし、やや虚弱(やや虚証)
すなわち腹壁の筋肉がある程度発達し、それに加えて心下痞鞕(上腹部腹筋緊張)
という腹部所見のあるいるものが適応と考えられます。
腹壁が軟弱で胃下垂の顕著な者(虚証で振水音のある者)には原則として用いません。


以上に加えて、以下のような症状を考慮して半夏瀉心湯を用いるか判断します。


<表>半夏瀉心湯の使用目標と応用(稲木私見

体質体格 中等度よりやや虚弱まで幅広い
消化器症状 心窩部の″つかえ″、もたれ、悪心、嘔吐、げっぷ、むねやけ、腹鳴、ときに軟便〜下痢(痛みは少ない)
その他 口内炎、項背部のこり
精神症状 不眠、焦燥感、不安 など
腹証 心窩部の腹壁緊張(心下痞鞕)
応用 急性・慢性胃炎、胃十二指腸潰瘍(PPI、制酸剤と併用)、逆流性食道炎、急性・慢性下痢症、過敏性腸症候群・下痢型、口内炎神経症不眠症 など


六君子湯との違い

六君子湯との違いは、体質の違いが大きいと思われます。
六君子湯はやや虚弱な体質で腹壁は軟らかく、多くは胃下垂
(振水音−上腹部を叩くと水音がする)を認める者に用います。
胃もたれ、食欲低下が主で、胸やけはそれほど顕著ではありません。
半夏瀉心湯は、本来は胃腸丈夫な者がストレス、過食、アルコールなどにより
胃炎症状を呈する者に用いるのに対し、六君子湯
通常の食事でも胃もたれなどを訴えることが目安となります。
半夏瀉心湯は苦みのある胃の薬で、制酸作用があると思われますが、六君子湯
胃壁筋の運動を改善して内容排泄を促進するというニュアンスでしょうか。

その他の漢方薬

安中散は、六君子湯と同様、やや痩せ型で胃下垂の者で
“胃がシクシク痛い”という時などに用います。
虚弱で神経質な者のストレス性胃炎、逆流性食道炎によい場合があります。
胃もたれ、食欲不振が主ならば六君子湯を用いますが
安中散と六君子湯との併用も大変有効です。
黄連湯は、半夏瀉心湯と安中散の中間のような漢方薬
胃酸で胸やけや軽い胃痛を訴えるときなどに用います。


〔症 例〕
 57歳男性
〔主 訴〕
 上腹部不快感(「胃が悪い」)
〔病 歴〕
 18歳頃から「胃が重い」と感じることがあった。
 最近多忙で、胃の不快感が続くようになったため
 他医で胃レ線造影検査を受けたが、慢性胃炎と言われた。
 H2阻害剤を服用したが、胃が重く、もたれやすいのがとれない。
 また、下痢しやすく腹が鳴る。
〔所 見〕
 心窩部腹壁が緊張している(心下痞鞕)
〔経 過〕
 半夏瀉心湯7.5g分3を投与。
 服用後数日で胃の不快感が非常に軽くなった。また腹鳴、下痢傾向も改善した。
 その後も「服用していると胃腸が好調」ということで継続服用している。
 ときどき内視鏡を行いながら、8年後まで経過観察中である。