カルテット 大沢在昌



毒虫に毒をまき散らすなと言ったところで、他の生き方などできる筈がない。
「カルテット」より 一部改変


かたわらにはスケボーがあった。
タケルの移動の手段であり、カモフラージュの道具でもある。
デニムパンツの上から膝と肘にプロテクター、手には鋲のはまった革のグローブ。

ソールにスチールの入ったエンジニアブーツの片方を
スケボーの上にかけ、もう片方の爪先で床を蹴った。

シャーッという音に会話が止んだ。
タケルは身をかがめ、さらに床を蹴る。
20メートルほど先に獲物がいた。

先月から目をつけていた、ドラッグのプッシャー(売人)だ。
××組の盃をもらっていると凄んでいるのを聞いたことがある。
いっしょにいるのは、クラブで女をたらしこんでは
地方の風俗に売りとばしているスカウトだ。

二人とも、このゴミ溜のような世界に棲息しているゴキブリだった。
ゴキブリは、タケルの生まれる前からこの世にいて、
きっと死んだあともいなくならない。
タケルはただ、生きる限り一匹でも多くのゴキブリを叩き潰す。

加速したスケボーをスカウトめがけて蹴りとばし
タケルはプッシャーに襲いかかった。
スケボーは狙い通り、スカウトの下腹部につき刺さり、
甲高い悲鳴をあげさせた。
これですぐには逃げだせない。

勢いのついた飛び蹴りだった。
プッシャーの顔面にブーツの底が命中し、黄ばんだ歯が飛び散った。
衝撃でプッシャーは頭を壁に打ちつけ、そのまま崩れ落ちた。

着地したタケルは、地面に右膝をついたまま、今度は左足でスカウトの足を払った。
腹をおさえていたスカウトがぶざまに宙を泳いだ。
両手両足を広げ、仰向けにスカウトはぶっ倒れた。

プッシャーが言葉にならない悲鳴をあげた。
タケルは容赦なくそのコメカミにブーツを叩きこむ。
ぐいと首がねじれ、プッシャーは白眼をむいた。

死にはしない。
だが頸椎への損傷は、この男の残りの一生を車椅子に縛りつけるかもしれない。
それがどうしたというのだ。