機能性月経困難症の漢方治療

ツムラ漢方スクエア 臨床医のための漢方Q&A
稲木一元先生 東京女子医科大学東洋医学研究所講師

http://www.tsumura.co.jp/password/magazine/126/qa.htm

Q

月経痛に当帰芍薬散や桂枝茯苓丸を使っています。
やせ型の人に当帰芍薬散、肥満気味の人に桂枝茯苓丸を使っていますが
中肉中背の人にはどちらを使ったらよいのか迷います。
加味逍遙散や温経湯も月経痛に用いるそうですが、そうなるとますます分かりません。
これらの使い分けをどうしたらよいのでしょうか。
また、どのくらい飲んでもらえば効くのかも教えてください。

A

子宮内膜症子宮筋腫、子宮腺筋症などのような
器質的原因がない機能性月経困難症には、漢方治療の有用な例があります。
ご質問のように、当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、加味逍遙散、温経湯などを用いますが
その使い分けは簡単ではなく
体質体格、痛みの性状、随伴症状などから、総合的に判断する必要があります。

(1) まず桂枝茯苓丸との鑑別が重要

桂枝茯苓丸は、やせ型でなく血色もわるくないこと
腹筋など筋肉の緊張がよいこと、および下腹部圧痛など“お血徴候”を伴うことが目安です。
当帰芍薬散は、色白ないし貧血様で肥満せず、腹筋など筋肉が軟弱で
下腹部圧痛もないこと、冷え症で冷房が嫌いなこと、むくみやすいことなどが目安です。
両者の区別がつきにくいときには、筋肉量を目安にします。
筋肉量が多い(実証)と思われるときには桂枝茯苓丸
少ない(虚証)と思われるときには当帰芍薬散を用います。

(2) 桂枝茯苓丸・当帰芍薬散以外の処方

桂枝茯苓丸・当帰芍薬散で効果のない場合などには他の処方を考えるとよいと思います。
鑑別は下表を参照。


<表1>機能性月経困難症に用いる漢方薬

漢方薬 体質体格 ポイント
当帰芍薬 やや虚弱(中肉中背〜やせ型) 冷え症、血色不良、浮腫傾向
桂枝茯苓丸 中等度〜頑健(中肉中背〜肥満) 血色良好、下腹部圧痛など“お血徴候”
温経湯 やや虚弱(中肉中背〜やせ型) 冷え症、血色不良、皮膚粘膜乾燥傾向
加味逍遙散 やや虚弱(中肉中背〜やせ型) 月経前症候群、冷え症、多愁訴(肩こり、不眠傾向など)、軽度抑うつ傾向
当帰建中湯 虚弱(やせ型) 下腹部疝痛、痛みが月経後半まで遷延する傾向あり、冷え症、過敏性腸症候群傾向、胃腸虚弱(鎮痛剤で胃腸障害)
桃核承気湯 中等度〜頑健(中肉中背〜肥満) 月経前症候群(焦燥感、不眠など)、便秘傾向、強い下腹部圧痛など“お血徴候”、胃丈夫

“お血徴候”は下記表2を参照。


なお、月経時に疝痛性下腹部痛が強い例では
芍薬甘草湯を月経前日ぐらいから疼痛のある間、上記に併用するとよい場合があります。
芍薬甘草湯は、体質体格を問わずに使用してよい処方です。
効果判定は通常2〜3カ月で可能ですが
実際には、ひとつの処方を用いて2〜3カ月程度経過を見て
無効ならば他処方にするというように、試行錯誤によるほかない例も少なくありません。

(3) 臨床からみた瘀血の概念とその治療

お血は漢方医学独特の仮想的病理概念であり、その実体はなお未解明である。
そこで、「お血」とは「駆お血剤」の有効な病態と解釈するのが実際的である。


臨床的には、[表2]の徴候を認めた場合にいわゆる駆お血剤の使用を考慮する。
ただし、実際には表の全徴候を同時に示すわけではない。
自覚症状には非特異的なものが多く、重要なのは皮膚粘膜所見と腹部所見(腹証)である。
このような徴候を認めた場合、虚実にしたがって駆お血剤を選用する。


<表2>駆お血剤の使用を考慮すべき徴候

自覚症状 頭痛、めまい、ホットフラッシュ、口乾、腹部膨満感、手足の先の冷え、局所の煩熱感、月経異常、排卵異常、不妊更年期障害、痔疾、静脈瘤・静脈炎 など
皮膚粘膜所見 皮膚がどす黒い、さめはだ(甲錯)、小静脈のうっ血(細絡)、手掌紅斑、皮下溢血、皮膚粘膜の斑点、口唇・歯肉・舌辺縁の暗紫色化、ざ瘡、湿疹、じんま疹など
腹部所見 下腹部腹筋の緊張と圧痛(小腹鞭満)、左下腹の強い圧痛(小腹急結)
既往歴 流早産、外傷、事故、打撲症、手術歴(とくに下腹部)など



<表3>お血に用いる漢方薬  

   生薬 漢方薬
実証 桃仁、牡丹皮など 桂枝茯苓丸、桃核承気湯、大黄牡丹皮湯、通導散など
虚証 当帰、川きゅうなど 当帰芍薬散、温経湯、加味逍遙散、四物湯、当帰建中湯、当帰四逆加呉茱萸生姜湯など


症例 月経痛に当帰建中湯

〔症 例〕
33才女性。月経の1〜2日目に痛みが強い。出血が多く、血塊がある。
月経時以外にも下腹痛が起こりやすい。足先から膝までの冷えが強い。
婦人科では機能性月経困難症の診断。
他の漢方専門医で当帰芍薬散を処方され、3カ月間服用したが無効という。


〔所 見〕
身長158cm、体重47kg。痩せ型。顔色不良。胸部打聴診異常なし。
腹壁薄く両側腹直筋緊張。ガスが多い。上腹部正中芯、臍動。
手足は細く、皮膚が冷たい。浮腫なし。


〔経 過〕
やせ型の虚弱体質で当帰芍薬散が無効なこと
および月経時以外でも下腹痛が起こりやすいことから、当帰建中湯7.5g分3とした。
次の月経で痛みが著明に軽減した。
3カ月後、月経痛が非常に軽いので自己判断で服薬を中断したところ
3カ月後に痛みが再燃したため再度服用を希望。
再開したところ、次の月経から再び痛みが軽くなった。以後継続服用した。
月経周期も次第に順調になった。約6カ月間服薬、略治とみなして中止してみた。
5年後、再発していないことを確認した。