ソウルでぼったくられる

1997年11月

発端

 
その頃、北朝鮮のキムジョンイルは政治の表舞台には現れず
韓国と北朝鮮との関係は暗雲が垂れ込め
潜水艦事件、贋ドル札事件、不審船事件、テポドン事件など
北朝鮮がらみの不気味な事件が多発していた。
 
僕は、あるとき朝鮮半島の地図を見ていて
ソウルは北朝鮮との国境から
非常に近い距離にあることに気づいた。
 
もし、キムジョンイルが奇襲攻撃をかけてきたなら
ソウルがまず火の海になるだろう。
 
そう気づいたときには、いてもたってもいられなくなり
一刻も早くソウルに行かなければ!
と思いたったのである。
 
まずプサンに飛ぶ
 
プサンでうまい魚やイカを食べた後
電車に乗って大田(テジョン)に向かう。

地球の歩き方」に掲載されていたテジョンのホテルはことごとく潰れていた。
夕暮れのテジョンの町を歩き回って、なんとかホテルを確保できた。
 
その頃まで僕は「地球の歩き方」=「旅のバイブル」だと信じていた。
旅を重ねるうちに、やがてそれは間違いだったと気づく時が来る。
 
「歩き方」には廃業したホテルが掲載されていることが多々ある。
 ほかにも、タイ南部のソンクラー、インドのヴァラナシで
僕は「歩き方」を疑う事も無く、とっくの昔に潰れたホテルを捜して、
重いリュックを担ぎながら、さまよった経験がある。
そういう経験が何回もあって
今では「歩き方」の情報はほとんど信じてはいない。
 
逆に、青い背の「歩き方」を大切に抱えている旅行者は
一見して旅の経験が浅いと判定できる。

f:id:sna59717:20191231135812j:plain
(上の写真の僕がそうだね。)
 

ソウル・ミョンドン

 
ソウルに着き、ミョンドンに繰り出す。
焼肉などを腹いっぱい食べた後、静かなBarを捜していた。
 
「Jazz Bar知らない?」と繁華街でチューヤン似の男に英語で尋ねたところ
「チャズバーなんて知らないよ。」と英語で返ってきた。
 
韓国ではこれまでは、ほとんど英語は通じなかったので
僕はこの男(以下チューヤンと呼ぶ)はある程度、教育レベルが高いと感じた。
チューヤンと話すうちに彼は昔、秋葉原にいて日本語もうまいことがわかった。
 
チューヤンが日本語の練習をしたいと言うので
チューヤンの案内で喫茶店風の店でビールをおごってくれて
サッカーの日韓戦の話をしたりした。
 
チューヤンは貿易の仕事をしているので
英語も日本語もできるのだと言う。
 
「あしたは仕事があるから帰る」と言うチューヤンを引き止めて
「もう一軒行きましょう!」と僕が誘った。
 
店を知らないのでチューヤンに付いて行くことになる。
チューヤンはある地下の店を選んだ。
 
その店はカラオケバーで僕ら以外の客はいない。
部屋には女性が2人いてラウンジのようだった。
 
チューヤンはカラオケで日本語の演歌を歌い始めた。
女性たちは小瓶のウイスキーを頼んでいいか
と聞くので「どうぞ。」と答えた。
僕たちはビールを頼んだ。
 
お互い何曲か歌った後
女性が小瓶のウイスキーがなくなったから
また頼んでいいか聞くので
何か変な感じがした。
 
とりあえず、今現在の料金はいくらなのか
聞いて欲しいと、僕は女性たちに言った。
 
まず女性には各7000円相当を払えと言う。
チューヤンと割り勘で払う。
 
そして、飲み代は、はっきり覚えていないが日本円で
5~6万円だったように思う。
チューヤンの財布には残り3000円ぐらいしか入っていない。
有り金を全部出すが、2~3万円足りない。
 
いかつい店長が現れて、日本語で喋り出す。
「韓国は礼儀を重んじる国だ。
だから何でこのような値段になったか説明する。
店の女の子が飲んだ小瓶のウイスキーが輸入品で高い。
値段はメニューに書いてあるから確認できたはずだ。
そして最初に飲んでいいか、女の子が聞いたはずだ」
 
「金が無いなら、クレジットカードで払え」
「クレジットカードは持ってない」と答える。
 
「小便に行きたい」と頼むが許されない。
隙を見てカードを隠したい。
 
「念のために財布を調べさせてもらう。財布を見せろ。」
まずチューヤンから調べられる。
チューヤンの財布には名刺やテレホンカードの類しか入っていなかった。
次は僕の番だ。
まずい・・
 
僕の財布からVISAカードが出てきた。
 
店長は怒り出した。
「俺は礼を持っておまえに説明したんだぞ。
なのにおまえは嘘をついた。がっかりしたぞ!」
そこから延々と説教を受けた上に
カードで支払い手続きをさせられる。
 
「カムサムニダ」と店長に礼を言われて外に出る。
外に出たとたんにチューヤンは路地裏で立小便をしだした。
顔は酒で真っ赤になってフラフラしている。
こいつ本当に酔っ払っている。
 
ミョンドンの街の灯は、すでに消えて暗くなっている。
ソウルは不夜城ではなかった。(日曜日だったかも知れない)
 
「ヒドイめにあったねえ。暗いからホテルまで送ってやるよ。」
チューヤンにホテルまで送ってもらう。
 
この男に嵌(は)められたのか?
詐欺師がこんなに酔っ払っていいのか?
僕にボコボコに殴られる可能性もあるんだよ。
このまま尾行して家を調べることもできる。
だがそんな気力は無い。
 
チューヤンには不思議と腹が立たない。
アホなのは自分なのだ。
高い授業料だったと思うことにしよう。
ホテル前でチューヤンと握手して別れる。
 
しかし、暴力を受けなくて良かったよ。
カードを持ってなかったら、どうなっていたのかなー・・